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540~50代女性の転職や管理職の悩み 2300人の声
きょうのARIA代表
ロイヤルホテル執行役員 中川智子さん(57)

ベテランになる前に寿退社が一般的だった
―― 新卒からキャリアを積み、女性初の執行役員になりました。最初から「ホテル業界でずっと働き出世したい」と考えていたのでしょうか。
中川さん(以下、敬称略) 入社当時は一生ここで働こう、出世したいなどと考えていたわけではありません。でも目の前の仕事を楽しみ挑戦していくうちに、気付けば今の立場に。転職はしませんでしたが、数年おきに国内外の転勤も含め異動が頻繁にあり、変化と刺激に富んだ毎日でした。モチベーションも上がったり下がったり。でも「女性初」を進んで引き受け、私の背中を誰かが見ていると思って走ってきました。
―― ロイヤルホテルに就職したのはなぜですか。
中川 外国語大学に進学したこともあり、海外の人と触れ合う機会が多く、国際的な仕事に憧れがありました。卒業後、関西を代表するホテルで働きたいとロイヤルホテルに入社。このホテルが好きだった両親も喜んでくれました。
当時、女性社員はフロントに配属されることが多く、ベテランになる前に結婚相手を見つけ寿退社するというのが一般的でした。でも入社後、男女雇用機会均等法が施行され、それを機に当社も女性がフロントだけでなく、ラウンジやコーヒーハウスなどいろいろなところに配属されるようになったのです。ひょっとすると、多様な経験を積めるのでは? と期待も膨らんでいきました。
予想通り、2~3年に一度は異動を経験しました。楽しかったのはコンシェルジュ。お客様から毎日いろいろな頼みごとを受けます。その都度どうすればよいのか考え工夫する。毎日が刺激的でした。海外のお客様から「お土産をラッピングしてほしい」と頼まれたときは、上手にできなかったことが悔しく、そのあとラッピング講座に通ったほど。自分の成長が感じられて仕事にのめりこんでいきました。女性初のセールス担当にもなり外資系企業を担当しました。
―― 「女性初」ということにプレッシャーはなかったですか?
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