人生には思いもよらぬことが起きるもの。肩の力を抜いて柔軟に「私の生き方」を見つけていこう――。先輩たちが半生を振り返って贈る、珠玉のメッセージ。日経WOMANの看板リレー連載を、日経ARIA読者にお届けします。「断捨離」の提唱者やましたひでこさんは結婚後、ヨガの恩師が残した断行・捨行・離行の教えを、快適な生活の術として進化させます。同居した義父母へのストレスから体調を崩してしまい、同居を解消した後、自宅にサロンをつくり、「片づけても片づかない」と悩む周囲の人たちに断捨離の手法を伝え始めます。
(1)55歳で断捨離が開いた人生
(2)「いい嫁」のストレスが爆発 ←今回はココ
(3)「蘇らせること」が次の目標

23歳で結婚後、私は夫家族と同居し、夫の会社を手伝いながらヨガ講師をしていました。29歳で息子を出産。子育ては楽しかった!
部活の応援に行ったり、息子をオーケストラに参加させて、ステージママを気取ったり(笑)。
でもどこかで、「やりたいことはこれではない」という思いがありました。とはいえ、「これ」というものは見つからず、見つかったとしても家業を手伝わないといけない。現実を見つめながらも、常にモヤモヤとしていたのです。
ヨガの師である沖正弘師の訃報が届いたのは、32歳のとき。お葬式から帰る道すがら、私は先輩講師にふと、尋ねてみました。
「沖先生から『断行・捨行・離行』について教わりましたが、実践するのは難しいですよね」
断行・捨行・離行は、執着を捨てよというヨガの行動哲学。私には無理だと、心の押し入れにずっと封印していた言葉です。
「そうだよなあ。家のたんすだってパンパンだもんなあ」。先輩がそう言った瞬間、師の教えが理解できた気がしました。
主婦仲間やヨガの生徒さんと集まると、皆、お決まりのあいさつのように「着る服がない」と言います。心から着たい服がないけれど、たんすには服が詰まっている。それこそが、捨てるべき執着ではないか、と。たんすの肥やしは執着の証拠品。それを手放すことが断行・捨行・離行だとすれば、片づけが苦手な自分にもできるかもしれない。
私は早速、クローゼットの中の服の大半、「私の執着を可視化しているモノ」を手放しました。すると、不思議と心が軽くなったのです。
ちなみに、同居していた義母はモノを買ってはため込むタイプ。「狭くて片づかない」が口癖なのに、「片づけるために食器棚を買う」という思考でした。そうすると、狭い空間がさらに狭くなることが分からないから、家はいつもごちゃっとしていました。私は、家中の不要なモノも片っ端から処分していきました。それを「断捨離」と呼びながら。
