職人の世界に魅了され、コーヒー豆の焙煎に没頭
あるとき、コーヒー豆を自家焙煎(ばいせん)しているお店に食器を卸している方と話す機会がありました。「本気でコーヒーをやるなら、自分で焙煎したほうがいいですよ。一度東京の専門店を見てきたらどうですか?」。そう言われて休みの日に出掛けたことが、転機になりました。
当時は自家焙煎をしているのはごく一部の店だけ。吉祥寺の「もか」や銀座の「カフェ・ド・ランブル」などを訪れると、店主がプライドを持って、コーヒーだけでお店をやっている姿に衝撃を受けました。
僕が好きで属した精神世界と市場中心の世界の中間には、技を磨いて1つの道を究める職人と呼ばれる人たちがいて、彼らは両方の世界を行き来しつつ、深い精神性を保ちながら社会に参加してお金も稼げている……。そう知ったときに、コーヒーは一生の仕事としてやっていけるかもしれない、焙煎を探求したいと思いました。
それから焙煎の師匠となる方を紹介してもらい、1~2カ月に1回、焙煎した豆を持って東京の師匠の元へ通って批評を受けました。僕は師匠が焙煎するところは絶対に見なかったし、師匠も僕に具体的な指示は一切しません。「丸山さん、天ぷらってどういうふうに熱が伝わると思いますか?」みたいな世間話だけをして、それをヒントに豆を焼いて、また持っていく。自分なりの方法で答えにたどり着いて師匠に認めてもらいたい、日本一の焙煎士になりたいと思っていました。
そうして7~8年ほどたった頃、ありとあらゆる焼き方を試した末に、僕は自分なりの気づきを得ます。それは、「究極の焙煎なんてどこにもない。当たり前に豆を焼くしかない」ということ。そして、大事なのは材料ではないか、と考え始めました。しかしその頃の日本にはまだ、コーヒー豆の品質や流通経路を重視する「スペシャルティコーヒー」の概念はありませんでした。
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取材・文/谷口絵美(日経xwoman ARIA) 写真/鈴木愛子
丸山珈琲 代表取締役社長
