「父のいない世界」を徐々に実感していく

 結局、洋服に関しては「春のお父さん」「夏のお父さん」「秋のお父さん」「冬のお父さん」と、季節ごとの父のお気に入りをひとそろい残すことにした。それらを見ていると、いつも優しくて上機嫌だった父の姿が浮かんで、胸がいっぱいになる。最期は歳をとってあちこちガタがきていたけれど、次はぴかぴかの赤ちゃんで生まれてくるだろうから、その時にはもっと楽しい人生を送ってくれるといいなと思う。会社を興したら、今度は始末してから死んでくれるともっといいなとも思う。

 遺品整理を進めることで、「父のいない世界」を徐々に私は実感していく。そこは以前と少しだけ違う世界だ。一番違うのは光熱費(劇的に安くなった)と、近所のおばさん(劇的に愛想がよくなった)である。おばさんはそれまで私が挨拶しても顔をそむけるなどのわけのわからない行動に出ていたが、父の死後、突然愛想がよくなったのだ。一方、変わらないのは思い出の鮮やかさである。今でも夜中、ふとした時にこっそりお菓子を食べる姿が見えるような気がする。声をかけると飛び上がって驚いていた。

 いずれにせよ、時は粛々と流れる。父のいない世界に慣れた頃、また父が夢に出てきてくれるかもしれない。その時は、ひとしきり文句を言った後、倉庫に置かれた梅干しと近所のおばさんのことを聞いてみたい。本当に謎なのだ。

文/北大路公子 イラスト/にご蔵