オリンピックというひのき舞台で輝いたスポーツ界のヒロインたちの「その後」は、意外に知られていません。競技者人生がカセットテープのA面だとすれば、引退後の人生はB面。私たちの記憶に残るオリンピアンたちの栄光と挫折に、ジャーナリストの吉井妙子さんが迫ります。
(上)五輪スイマーが見た紛争や貧困…国連職員に転身して奔走
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もう一度、五輪へ。水泳と学業を両立するために米国留学
―― 競泳選手としてもう一度五輪を目指すこと、そして国際支援のための勉強の両立を目指し、米国の大学へ。卒業後に慶応義塾大学に復学。現役引退後は英国・マンチェスター大学大学院で学び、「貧困・紛争・復興」の修士号を取得しました。
井本直歩子さん(以下、敬称略) アトランタ五輪ではリレーで4位になりました。でも、成績に納得できなかったので、水泳と勉強が両立できる、より良い環境を求めてテキサスの大学に入学。英語ができる友人の手と、当時普及し始めたインターネットをフル活用して大学は自分で探し、奨学金ももらえました。
ただ、勉強がもう大変で……。国際関係論を専攻したんですけど、英語も十分じゃなかったから授業についていけない。でも、成績が悪いと試合にも出場できないのでとにかく必死。涙を流しながら机に向かっていましたね。
卒業後は慶応大学に復学してシドニー五輪を目指しましたが、最終選考でかなわなかった。でも、水泳はやり切った感がありました。水泳に向けていたエネルギーをこれからはすべて国際援助の場に注ぎたい。そう考えて英国にある大学の大学院を受験。合格はしたけれど、社会人経験をしないまま国際援助の仕事についていいのか、という疑問があったので、スポーツライターや橋本聖子議員の秘書を経験した上で、英国に渡りました。大学院に行ったのは、国連職員の採用条件だったからです。
