卒業後の進路に迷い…「それや!」と稲妻が走った瞬間

 自問自答をする中で、卒業後の進路についても考えた。日常会話ができる程度では、英語を使った仕事で食べていくのは難しいだろう。でも、留学した経験を生かした何かをしたい。それは一体何なのか……。なかなか答えを導き出せないときに親しい女性教授に相談したところ、米国のケーキ作りを勧められた。「日本ではまだアメリカンケーキは知られていないだろうから、ケーキ作りを習得して帰ったら?」と。

 その教授の専門は英文学だったが、ケーキ作りの達人でもあった。平野さんがケーキをごちそうになるたび舌鼓を打ったほどの腕前だった。彼女は、単なるアメリカンケーキではなく、ニューイングランド地方に伝わる伝統的で上質なケーキ作りを習うことを提案してくれたのだ。

「最初の結婚で母から『人には添ってみよ』と言われました。当時は深い意味までは分かりませんでしたが、ようやくこの年になって、その真意が『縁に沿って生きていきなさい』ということだと心に響くようになりました」
「最初の結婚で母から『人には添ってみよ』と言われました。当時は深い意味までは分かりませんでしたが、ようやくこの年になって、その真意が『縁に沿って生きていきなさい』ということだと心に響くようになりました」

 「そのアドバイスを聞いたとき、稲妻のような鋭さとスピードで腑(ふ)に落ちて、それ、それ、それよ! と思ってしまったんです。『思ってしまった』というのは、特にケーキ作りが好きではなかったから(笑)。ケーキを食べるのは好きでも、それで生計を立てるというのは別次元の話ですよね。でも、直感的にそれよ! と思ってしまったんです。

 私は頭で考えるよりも、理屈抜きに肌で感じるタイプ。ディサイシブな(決断が早い)ほうですから、すぐに3人の先生に弟子入りして修業を始めました。単に、米国の大学の卒業証書を持っているだけでは食べていけませんからね。貯金も底をつきかけて後がなかったのも事実ですが、人生はシナリオ通りに行かないから面白い、と思い出した頃でもあった気がします」