親と話しておきたい10のこと
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今年の初め、遠く離れた九州の実家で父が孤独死していたという知らせを受け取ったフリーランスエディターの如月サラさん。突然降りかかった困難にひとりで向き合っていく日々をつづったARIAの連載「父がひとりで死んでいた」は大きな反響を呼んでいます。あまりに重い、しかしARIA世代にとって決して他人事ではない経験をした如月さんの「あれからの日々」と、今、思うことについて改めて聞きました。
熊本地震を機に、目に見えて弱った両親
編集部(以下、略) 如月さんにはこの1年、孤独死という思いもかけない形で訪れたお父様との別れとその後について、リアルタイムで文章にしていただきました。そもそも昨年の夏にお母様が認知症を発症して入院し、ひとり暮らしになったお父様がその半年後に……本当に立て続けのことだったんですよね。
如月サラさん(以下、如月) そうなんです。いっぺんに来ましたから、きつかったですよ。
母の変化も、まさかこんな急にとは思いませんでした。これはごく少ないサンプル数の話ではあるんですけれど、ある時期、何カ月間か親からものすごく電話がかかってくるようになって、それがぱたりと止まると、大体具合が悪くなっているんです。母がそうでしたし、同じような経験をした人が周りにも何人かいます。
―― 如月さんは20代のときに東京に出てきて以来、そもそもご両親とはあまり頻繁に連絡を取っていなかったんですよね。
如月 そうですね。連絡は主に電話ではなくメールでしていましたし、帰省も年に1回するかどうか。お正月には帰りませんでした。というのも、ずっと家にいて3人で顔を突き合わせなければいけないのが嫌だったからです。
うちは両親の仲も含めて、家族の間がスムーズにやり取りできる雰囲気ではなかったんですよね。あと、親にとって私は40代になろうが50代になろうが子どものまま。特に母は久しぶりに会うと小言が多かったです。
―― 会えばいまだに小言……すごく分かります。とはいえご両親も年齢を重ねて、親の老いとか介護みたいなことがちらつくようにはなりませんでしたか?
如月 なりましたよ。どれくらい前かなあ……実家は熊本市なのですが、2016年の熊本地震を境に、両親とも見るからにがっくりきた印象がありました。母は1年半くらいご飯の味がしなかったと言っていたし、弱音を吐くことも増えて、「ああ、何がどこにあるか聞いておかないとまずいかも」と思うようになりました。
―― それは行動に移したのでしょうか?