生き物は、それぞれの生き様に応じて、老化の仕方、そして死に方も、多様なかたちに進化を遂げてきた。実は「老化しない生き方」を選んだ生き物もいる。では、ヒトの老化にはどのような進化が影響しているのだろう。ベストセラー『生物はなぜ死ぬのか』(講談社現代新書)の著者で、東京大学定量生命科学研究所ゲノム再生研究分野教授の小林武彦氏に語ってもらった。

 生物学とは、「生きているものの生き様、生き物同士の関わり合い、その体の仕組みを研究する」学問です。生物学者の私から見ると、生物の仕組みも老化も、そして死ぬことにも全てに「進化上の理由」がある、と思えてなりません。そんな生物学的視点で、ヒトの老化を見ていきましょう。

細胞の生まれ変わりが追いつかず老化が進む

 生物学的老化とは、一言でいうと「細胞や細胞で構成された臓器や組織が機能低下すること」です。細胞は自ら生まれ変わったり、機能低下した細胞を死に至らせる機能を備えていますが、その若さの維持システムが十分に働かなくなると、ヒトは見た目も体の動きも老化し、がんや臓器機能の低下による病気にかかったりします。つまり、『寿命』とは運よく病気にかからずに生物が生きられる耐久年数、『老化」とは生きていくうちに徐々に生じる組織の機能低下といっていいでしょう。

誕生してから一生の間に打つ心拍数は哺乳類でほぼ共通して約20億回(寿命)。全身の機能を支える細胞は徐々に機能低下していく(生物学的老化)。日本人の場合、自立した日常生活を維持できる「健康寿命」期から「寿命」までの間に9〜12年の差が存在する。
誕生してから一生の間に打つ心拍数は哺乳類でほぼ共通して約20億回(寿命)。全身の機能を支える細胞は徐々に機能低下していく(生物学的老化)。日本人の場合、自立した日常生活を維持できる「健康寿命」期から「寿命」までの間に9〜12年の差が存在する。

 では、どのように細胞は老化していくのでしょう。

 ヒトは約37兆個の細胞からなる多細胞生物です。スタート地点は1個の受精卵。これが細胞分裂を繰り返し、組織や器官が作られる過程で違う役割を持つ3種類の細胞になります(細胞の分化)。最も数の多い「体細胞」は、分裂するたびに老化し、約50回で分裂を停止し死に至ります。そこで新たな細胞の供給役となるのが「幹細胞」です。私たちが毎日お風呂でゴシゴシこすっても腕が細くならないのは、幹細胞が常に新しい皮膚細胞を供給しているからです。そして「生殖細胞」は次世代への命をつなぎます。

 短命な体細胞と異なり、幹細胞と生殖細胞はゆっくりと老化しますが、なかでも新たな細胞を作る幹細胞が老化すると直接全身の機能低下につながります。臓器の病気やがんや認知症も発症しやすくなります。

1個の受精卵から始まるヒトの体。細胞分裂し、大きく3つの役割に分かれる(細胞の分化)。組織や器官を構成する「体細胞」は約50回の分裂で死滅するが、「幹細胞」は常に新たな細胞を生み出す。「生殖細胞」は次世代を作る卵子や精子。「幹細胞」と「生殖細胞」の老化が個体の老化を意味する。
1個の受精卵から始まるヒトの体。細胞分裂し、大きく3つの役割に分かれる(細胞の分化)。組織や器官を構成する「体細胞」は約50回の分裂で死滅するが、「幹細胞」は常に新たな細胞を生み出す。「生殖細胞」は次世代を作る卵子や精子。「幹細胞」と「生殖細胞」の老化が個体の老化を意味する。