片頭痛の患者数は全国で推定840万人。女性に多く30代では5人に1人。片頭痛によって生活に大きな支障をきたしている人は少なくない。治療は、2001年にトリプタン製剤が登場したことで大きく進歩したが、片頭痛がありながら受診していない人や受診しても適切な治療を受けられていない人は、思いのほか多い。その理由について富士通クリニックの五十嵐久佳医師は、「患者にも医師にも正しい知識が広まっておらず、多くの患者は自分の頭痛が片頭痛だとすら気づいていない」と指摘する。片頭痛とはどのような病気か、そして今年6月に発売になった新薬の情報など、片頭痛で悩んでいる人の生活を大きく変える最新知識を五十嵐医師に聞く。
つらさを周囲に理解してもらえないことの多い「片頭痛」
片頭痛とはどのような病気なのだろう。その名称から頭の左右片方が痛むと思われがちだが、約4割の患者は両側に痛みが生じる。より特徴的な症状は、心臓の鼓動に合わせてズキン、ズキンと痛む頭痛発作が起こること。痛みだけでなく、悪心(吐き気)、嘔吐を伴うことも。また、発作が起き始めると知覚が過敏になり、通常は気にならないような光、音、においなどを不快に感じることも特徴の一つだ。全国疫学調査(*1)では、片頭痛を持つ人の74%は生活に支障をきたしているとされ、「いつも寝込む」という人が4%、「ときどき寝込む」が30%、「寝込むほどではないが生活に支障がある」が40%に上った。

片頭痛発作の頻度は患者によって異なるが、一度起こると4~72時間続く。動くと痛みが増すため、じっと横になって我慢。仕事を休んで同僚に迷惑をかけることもつらいが、痛みで集中力がそがれ仕事の能率が落ちたり、症状について周囲の理解を得られず「また、さぼっている」などと思われることがつらいと訴える患者も多い。
2001年までは片頭痛の症状改善を目的に開発された治療薬がなく、患者は市販の鎮痛薬を使い発作がおさまるのをじっと待つことが多かった。市販薬などを頻繁に服用することで頭痛が悪化し、さらに服用するという悪循環に陥り、より治療が難しくなる、薬剤の使用過多による頭痛(薬物乱用頭痛:MOH)を起こすことも多かった。
新薬の恩恵を受けていない人が多いのはなぜ?
片頭痛の治療が変わり始めたのは、片頭痛の発症メカニズムを考慮した治療薬が生まれてからだ。2001年以降、発作が起こり始めてすぐに飲むことで症状の強さや持続時間を軽減する急性期の治療薬、トリプタン製剤(飲み薬、点鼻薬、皮下注射)が次々と登場。2021年には発作を予防する効果の高い3つの医薬品(抗体医薬・皮下注射)が登場。これらの医薬品で「自分の生活ががらりと変わった」と話す患者も多いという。
そして、今年6月には新たな急性期の治療薬ラスミジタン(商品名「レイボー錠」・飲み薬)が登場した。これは、トリプタン製剤で十分な効果が得られない人や、基礎疾患のためトリプタン製剤を飲めなかった患者にも使える薬だ。五十嵐医師は、「治療薬の選択肢が増え、自分に合った薬を選ぶことで、多くの患者が片頭痛発作の頻度や強さを軽減できるようになっています」と解説する。
2001年以降に登場した片頭痛の薬
- <急性期治療薬:トリプタン製剤>※括弧内は商品名(以下同)
- スマトリプタン(イミグランほか)
- ゾルミトリプタン(ゾーミッグほか)
- リザトリプタン(マクサルトほか)
- エレトリプタン(レルパックスほか)
- ナラトリプタン(アマージほか)
- <予防薬:抗CGRP抗体>
- ガルカネズマブ(エムガルティ)
- フレマネズマブ(アジョビ)
- エレヌマブ(アイモビーグ)
- <今年6月に発売になった急性期治療薬:ジタン系片頭痛治療薬>
- ラスミジタン(レイボー)
しかし、2021年の獨協医科大学・平田幸一主任教授らの報告によると、片頭痛のために医療機関を受診したことのある人は57.4%にとどまっている。75.2%の患者が市販の鎮痛薬を使っており、医療機関で処方されるトリプタン製剤を使用しているのは14.8%、予防薬を使用しているのはごくわずかだ(*2)。
「この論文をさらに詳しく言えば、『アンケートで片頭痛の診断基準に該当した人と医師から片頭痛と診断されたと自己申告した人』が対象となっているため、医療機関を受診した人の割合が通常より多くなっていると思いますが、通常は、受診していない人の割合は70~80%に上るといわれています」(五十嵐医師)。いずれにしても、片頭痛がありながら医療機関を受診していない、あるいは受診しても適切な治療を受けられていない人はかなり多いといえそうだ。
多くの人が医療の進歩の恩恵を受けていないのはなぜなのか? 前編では片頭痛治療薬の基礎知識と、より多くの人が最適な治療を受けるためのアドバイスについて紹介する。
*2 Curr Med Res Opin. 2021 Nov;37(11):1945-1955.