漢方薬はじわじわ効く、効き目が穏やか……。そんなふうに思っていないだろうか。実は、漢方薬には即効性に優れたものがたくさんあり、インフルエンザや新型コロナウイルス感染症といった急性の感染症にも効果が期待できる。
『新型コロナと速効!漢方』の著者で、長年、漢方治療に取り組んできた日高徳洲会病院(北海道新ひだか町)院長の井齋偉矢さんは、同院の発熱外来やコロナ専用病棟でも積極的に漢方薬を活用。「漢方薬はこの冬にも来ると言われる新型コロナ感染の第8波を乗り切る際の大きな助けになる」と語る。漢方薬によるコロナ対策は、そのままインフルエンザや風邪の対策にもつながる。インフルエンザとの同時流行も懸念される中、漢方薬を味方につけておくと安心できそうだ。
第1回の今回は、漢方薬が新型コロナになぜ効果的なのか、そして第2回では具体的にどんな状況でどんな漢方薬を使えばいいのか、井齋さんの話を紹介しよう。

漢方薬の中には即効性で知られるものがいくつもある。その代表が、こむら返りに効く芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)やアレルギー性鼻炎に効果がある小青竜湯(しょうせいりゅうとう)だ。消化器外科医として肝臓移植をはじめ多くの手術に携わってきた日高徳洲会病院院長の井齋偉矢さんは、40年ほど前、その即効性を自ら実感したという。
「アレルギー性鼻炎の持病があり、手術に入るときには鼻水やくしゃみが出ないよう抗ヒスタミン薬を服用していたのですが、副作用で目や口の乾燥がひどくなり困っていました。そんなとき、『だまされたと思って飲んでみて』と勧められたのが、小青竜湯。1回飲んだら、その日から症状が止まって驚きました。以来、手術の日には必ず飲むようになりました」
身をもって漢方の効果を知った井齋さんは、外科医の傍ら漢方の勉強を続け、2012年には医師仲間と一緒に「サイエンス漢方処方研究会」を設立。漢方を専門としない医師にも理解しやすい科学的なエビデンスに基づいた漢方処方の普及に力を入れている。
感染症は、漢方薬が最も威力を発揮する分野
実は、漢方薬はインフルエンザや風邪にも即効性を発揮する。井齋さんによると、これらの感染症は漢方薬が最も得意とする分野なのだという。
「そもそも漢方は感染症のパンデミックを抑え込む薬として生み出されました。1800年前に書かれた『傷寒論(しょうかんろん)』は中国伝統医学の有名な古典ですが、これは漢方薬初の“感染症治療マニュアル”とも呼べるもの。感染症の脅威を目の当たりにした張仲景という医師が、病に立ち向かおうとして編纂したものです」
傷寒とは、今でいうインフルエンザや新型コロナのような急性熱性疾患を指す。『傷寒論』の序文には、当時の悲惨な状況を表す、こんな記述が残されている。

「わが一族は以前は2百余名もいたが、建安元年(西暦196年)から10年足らずの間に3分の2が死亡した。このうち傷寒病で死んだ者が7割を占めている」
このとき猛威を振るったのはインフルエンザやチフス、マラリアのような感染症だったのではないかと考えられている。そこで、張仲景医師は一大決心をして先人の経験や教訓、多くの医師や民間の療法を研究・収集して、傷寒論を書き上げたのだという。
「傷寒論の中には、現在もよく知られている葛根湯(かっこんとう)や麻黄湯(まおうとう)、小柴胡湯(しょうさいことう)、また前述の芍薬甘草湯や小青竜湯も登場しています。つまり、漢方薬は現代に至るまで脈々と受け継がれ、1800年もの使用実績があるということです。例えば、1918年から始まったスペイン風邪のパンデミック。日本でも多くの感染者や死亡者を出しましたが、ここでも漢方が効果を発揮したケースがありました。ある著名な漢方医家は傷寒論をはじめとした漢方処方を駆使して、自身の患者を一人も死なせなかったという逸話も残っています」