いま、レシピ本が大人気の料理研究家Mizukiさんに、拒食症で苦しんだ過去から、料理研究家になるまでを語ってもらいました。
食べられないのに、食べ物のことが四六時中頭から離れない
「簡単・時短・節約」をコンセプトに、毎日の献立に役立つレシピをブログで発信している料理研究家のMizukiさん。身近な食材と調味料で作れるレシピは「初心者でも簡単でおいしくできる」と、6年間で12冊のレシピ本が出版される人気ぶりだ。
料理の世界で活躍するMizukiさんだが、かつて重度の拒食症で生死をさまよった経験を持つ。「弱い自分を許せない性格が病気の引き金になったと思う」と語るように、学生時代の通知表には1と5が並んでいたという。「テストで100点がとれないくらいなら、白紙で出した方がマシ」と考えていたためだ。
そのような極端な思考は、少しずつMizukiさんの心を壊していった。高校生になると太ることに恐怖心を感じ、「体重計に乗るたびに数字を減らさなければいけない」という強迫観念にかられて拒食症になってしまう。
「食べられないのに食べ物のことが頭から離れないんです。家にどんな食べ物が置いてあって、家族が何を食べているのかをすべて管理しないと気が済まない。レシピ本や栄養、カロリーの本を読み漁っていました。その延長で調理師免許も取得していました」
23kgにまで体重が落ち、救急搬送。生死をさまよった
高校生の頃から始まった拒食症は、20代になっても続いた。23歳のときにはついに、身長162cmに対して体重23kgにまでなり、救急搬送される。数年間、入退院を繰り返しながら辛い闘病生活を送った。
自宅療養になったときには、身体中の筋力が落ちているので話すことができず、一度しゃがむと立ち上がれなかった。会話することもできず、「思考もおかしくなっていた」とMizukiさんは振り返る。当然、働きたくても外に出られない。そんな状況でも「何かを始めなくては。家族に迷惑をかけてしまう」と焦りを感じていたという。
今の自分にできることを考えたときに、「家の中で、お菓子作りならできるかもしれない」と考えたことが転機となった。食べることはもちろん、食べ物に触れることにも恐怖心があったが、作ると母親が喜んで食べてくれた。やがて、通院していた病院の売店でお菓子を販売する話が舞い込む。
「すごく驚きましたが、少しでも前に進みたかったので、やらないという選択肢は自分の中にありませんでした。できるかできないかは考えずに、とにかくやってみようという思いでした」