1人の中に「北風」と「太陽」はいる

ひきた 実は、執筆に当たって500人以上の声を集めています。本の中に出てくる「北風上司」と「太陽上司」はともに45歳の設定ですが、僕は昭和世代でイケイケ時代の広告マンでしたから、正直、自分の感覚だけでは書きにくいなと感じていたところ、担当編集者がコミュニティをつくってくれたんです。皆さんから寄せられたたくさんのエピソードから、できるだけ多くの人に共通するようなシチュエーションを選びました。

はあちゅう 感情移入してしまうあのリアリティーは、たくさんの人の実体験から生まれていたのですね。もう1つ、私が興味深いと感じたのは、キャラクターとしては対照的ともいえる太陽上司と北風上司の描かれ方です。太陽上司の言葉が、部下の心をラクにしたのは事実ですが、その言葉自体が正解かどうかについては書かれていません。単に、太陽上司=正解、北風上司=不正解という平面的な描かれ方じゃない点が面白いなと。

ひきた 物事を正義と悪で語ることが難しいのと同じで、「言葉」も完全に中立では書けないと思うんです。北風上司も、別に部下のことを嫌って強く当たっているわけではなく、彼なりに状況を改善しようとしているけれど、言葉の選び方や態度で、部下を追いつめてしまう。いつもは太陽タイプの人でも場所や状況によって北風になるというのは、誰しもにありうることだと思います。

 人と話し合ったり、議論をしたりする場面で、「自分が正義で相手が悪」という思いから、つい論破しようとしてしまうことってありますよね。逆に、太陽上司の優しい言葉も、部下の心を安心はさせるけれど、それによって部下の緊張感がなくなってしまうという場合もある。その人にとって本当に良いかは、一概には言えません。ですから本を書くときにも、「その後どうなったか」という部分までは書かず、読者自身に考えてもらいたかったんです。

はあちゅう 確かに、北風上司は厳しいですが、「こういう人がいるから、会社って回っているんだよな」と思う部分もありますし、時には、「何してるんだ、しっかりしろ!」と言われたほうがやる気になることもありますよね。だから、「みんなが太陽上司になればいい」という単純な問題ではないことも気づかせてもらいました。

 私自身も会社員時代に経験がありますが、組織で仕事をしていると、誰かが憎まれ役にならなくてはいけない場面がありますよね。後輩に注意しなくてはいけないとき、別の人が優しく接したことで、自分は厳しいことを言わなければならない「損な役割」を引き受けなくてはいけなくなって、モヤモヤすることも。本の中でも、北風上司が太陽上司に対して「おまえのそういうセリフにむしずが走る」(193ページ)と言う場面がありますが、北風上司もそうしたジレンマがあったのかも……と思いました。

ひきた それは興味深い考察ですね。結局、1人の人間の中に、太陽と北風、どちらの部分も持っているということなのでしょうね。僕がいつも思うのは、はあちゅうさんは「人を褒める天才だな」ということ。相手を心地よくするコミュニケーションをされる方という印象があります。人と話をするときに、何か心掛けていることはありますか?

はあちゅう ありがとうございます。基本的に接する相手にとって「気持ちのいい人間」でいたいので、相手が心地よくいられる接し方を心掛けているつもりです。相手を気遣いながら普段から良好な関係をつくっておくことで、大事なことをビシッと伝える必要があるときには、耳を傾けてもらいやすくなります。