部下にどんな言葉をかければいいか悩んでしまう、上司の言っていることの真意が分からない。同じ日本語を話しているはずなのに、なぜ、伝わらないのか。そんな世代間ギャップに注目し、コミュニケーションのノウハウや言葉の使い方を分かりやすく解説したひきたよしあきさんの著書『人を追いつめる話し方 心をラクにする話し方』(日経BP)は発売後約2週間で増刷が決定!今回は同書から、「プレッシャーに押しつぶされそうな部下を救う一言」を紹介します。
株式会社「ホワイトベア」は、戦後に産声を上げた総合イベント会社だ。高度経済成長期の波に乗り、クルマ、ファッション、ハイテク、食品など、さまざまな業種のイベントを手がけてきた。バブル経済を契機に業務を拡張。一時期はハワイ、ロサンゼルスと海外にまで拠点を広げたが、バブル崩壊後は業務を縮小。一転して不況にあえぐことになる。勝利の女神は、彼らになかなかほほえまない。2000年代に入り、インターネットが本格化してくると、これまでのような規模を競うイベントを多くの企業が疑問視し始めた。大地震、パンデミックなどの禍(わざわい)が、それに拍車をかけ、ホワイトベアは出遅れたネットビジネス、新規事業参入へと、早急に舵(かじ)を切らなければならない状態だ。
ホワイトベアのライバル会社、株式会社「ブラックイーグル」は、1990年代に生まれた企業で、当初からネットビジネスを中心にしていた。オンラインイベントを中心に、採用ビジネス、教育ビジネス、ハイブリッドなテックイベントなど次々と新規事業を繰り出し、3年前に売上高でホワイトベアを抜き去った。負けてはいられない。
ホワイトベアも、旧態依然としたビジネスモデルから抜け出さなければならない。しかし、歴史の古いホワイトベアは、バブル期に活躍した面々が役員の大半を占めている。デジタルネイティブの世代とは価値観のズレも大きく、変革が進まない。
そのバブル世代の役員たちとデジタルネイティブの若者たちとの間に立って、現場を総括しているのが、同期の社員ふたりだ。ひとりは、クリエーティブを統括する制作。もうひとりは、得意先と向き合う営業。あまりに対照的なふたりの上司は、社内ではこう呼ばれている。「太陽上司」と「北風上司」。
リモートワークが導入されて、社員同士が語り合う機会も減った。パンデミックの影響で、イベントの存在が危ぶまれている。そんな時代に、「上司」として若い社員を牽引するふたり。皆さんも、ぜひ自分の職場を思い浮かべながら、それぞれの言葉を味わってほしい。
プレッシャーに押しつぶされそうな部下の心を軽くする言葉
「思い通りにならない!」
新製品の発表会は、もう1週間後。でも、肩をガクリと落としたくなるような初歩的なミスが続いている。ホームページやSNSを使って告知したのに手応えがない。広報を担当していた新人の田中くんに聞いてみても、「なんででしょうかねぇ」と気のない返事。「おかしい」と思って調べてみたら、ホームページ上のどこにも発表会の日付がない! いつやるかを知らせていなければ、人は集まらないに決まっている。
「こんな初歩的なこと。どうして気づかないの!」
思わずきつく当たってしまった。チームのみんなが楽しそうにしているだけでもイライラしてくる。私ひとりが焦っていた。
「もしかしたら、本当に失敗に終わるかもしれない」
「大切なのは、思い出に残る仕事をすることだ」
急に弱気になったとき、制作一課のまとめ役である太陽上司が、ニコニコしながら近づいてきた。
「よお、大変そうだね」と、屈託のない笑顔。こっちは大変なのに……。内心イラッとしつつも、現状を報告し始める。初歩的なミス。リモート会議が多く、思うようにコミュニケーションが取れないこと。部下のモチベーションの低さ。そして、本当に失敗するかもしれない不安。
プロジェクトリーダーの重責もあって、言葉がきつくなった。太陽上司はじっと聞いていた。時に大きくうなずき、「うん、うん」と相づちを打ちながら、口角は上げたまま、しかし目は真剣に、聞いてくれている。ひとしきり話し終わった後で、太陽上司は、こう語り始めた。
「なあ、廣井さん。失敗したっていいじゃないか。そりゃ、成功するに越したことはないが、大切なのは、思い出に残る仕事をすることだ。5年後、『そういえば、あのとき、大変だったねえ』と笑って語り合える仕事。それができれば十分だ。そういう仲間をつくるつもりでやろうよ。責任は僕が持つ。だから、思い出に残る仕事をしよう」
カチンと、私の中で何かが変わった。「失敗してもいい」と思うと、小さなミスが気にならない。選択を迫られると、大胆なほうに舵を切った。「失敗してもいい」イベントは大成功。新人の田中くんも大興奮。彼にとっても思い出に残る仕事になりそうだ。