部下にどんな言葉をかければいいか悩んでしまう、上司の言っていることの真意が分からない。同じ日本語を話しているはずなのに、なぜ、伝わらないのか。そんな世代間ギャップに注目し、コミュニケーションのノウハウや言葉の使い方を分かりやすく物語形式で解説したひきたよしあきさんの著書『人を追いつめる話し方 心をラクにする話し方』(日経BP)は発売後約2週間で増刷が決定! 今回は同書から、「仕事に私情を挟んで、部下を混乱させる自分勝手な言葉」を紹介します。

登場人物
北風上司(左)
総合イベント会社ホワイトベア営業一課課長。1977年生まれ、45歳。入社当時から営業一筋。売り上げ目標、ノルマに厳しく、それを達成するには手段を選ばないところがある。若いころから日の当たる道を歩んできたせいか、「人の気持ちが分からない」とささやかれている。

辻田この実(右)
転職1年目。社長案件の見積もりを任される。

「会社には、松の廊下がある」

 こう教えてくれたのは、3年上の先輩だ。

 「松の廊下」とは、江戸城内にあった大廊下のひとつ。将軍のいる白書院(しろしょいん)に至る50メートルの廊下のこと。将軍に会うまでの50メートルの間に、出世に目のくらんだ嫉妬深い連中が、襖(ふすま)に耳を当て、「誰が、何の要件で将軍様に会いに来たのか」をじっと見ている。「あの野郎、最近、しょっちゅう将軍様に会いに行きやがる」とジェラシーの炎に身を焦がしている。「よし、足を引っ張ってやれ」ということで、悪い噂を流したり、失敗させたり、笑いものにしたりする。

 侮辱され続けた赤穂(あこう)藩主、浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)が、吉良上野介(きらこうずけのすけ)を切りつけたのもこの松の廊下だ。

 「サラリーマン稼業の比喩だけれどね。うちの会社にもこの松の廊下があるんだよ。12階の社長室に企画を持っていくまでには、いろんなセクションの親玉にOKをもらわなくちゃいけない。その持っていき方の順番を間違えて、出世競争で争っている人に先に企画書を見せたことがバレてみろ。すぐにヘソを曲げてこう言う。『俺、聞いてねえよ』。これを言われたら、ほぼその人は、企画を応援してくれない。この会社は、そういう嫉妬とプライド、メンツをエネルギーにしてできているんだ。辻田さんは転職してきたばかりで分からないだろうけれど、気を付けて」

 これを聞いたとき、「まさか!」と思った。そんな前時代的なことがあるものか。いまだにそんなことをやっているのは、政治家くらいのものだろうと思っていた。

 先日、社長案件の提案書の予算を私が立てることになった。ある程度つくったところで、ウェブパートのリーダーに見てもらい、リスクがありそうな部分を確認し、それも含んだ形で予算に幅を持たせた。

 北風上司に、その見積もりを見せたところ、変更点にすぐに気づいた。「ウェブのところが前より膨らんでいるのはなんでだ?」

 私が、ウェブパートのリーダーの考えを入れたと言うと、北風上司の顔色が変わり、「なんだ? その変更は? 俺、聞いてねえよ」と言ってそっぽを向き、「そんな変更をされちゃ困る」と、書類を突き返された。

 私が各パートを回ることを報告していないことを非難したが、「そんなことより、北風上司とソリの合わないウェブパートのリーダーに意見を求めたことが、気に入らなかったのだろう」と、後で同僚から教えられた。

 この会社にも、「松の廊下」があった。面倒くさいなあ。また、転職しようかな……。