部下にどんな言葉をかければいいか悩んでしまう、上司の言っていることの真意が分からない。同じ日本語を話しているはずなのに、なぜ、伝わらないのか。そんな世代間ギャップに注目し、コミュニケーションのノウハウや言葉の使い方を分かりやすく物語形式で解説したひきたよしあきさんの著書『人を追いつめる話し方 心をラクにする話し方』(日経BP)は発売後約2週間で増刷が決定! 今回は同書から、「心の不調を感じる部下を休ませる言葉」を紹介します。

登場人物
太陽上司(左)
総合イベント会社ホワイトベア制作一課課長。1977年生まれ、45歳。41歳の前厄で腎臓がんを患い、1年間休職。復帰後は、人材育成と新規事業に力を入れている。「彼と話すとなぜか仕事が楽しくなる」「やる気が湧く」と、他部署からも多くの相談が集まる。

鈴木翔太(右)
いつもはつらつとしているのに、このごろ元気がない。

 この俺としたことが、どうしたものか。いつものように気力が出ない。仕事にトラブルがあるわけでも、体が悪いわけでもない。問題の部下も、それなりに仕事を任せられるようになってきた。それなのに、モチベーションが上がらない。昔読んだ太宰治の小説に『トカトントン』というものがあった。一生懸命、仕事も恋愛もしているんだけれど、突然頭の中に「トカトントン」という音が鳴り響く。すると、やる気が突然うせ、何もかもがバカバカしくなってしまう。今の自分は、そんな感じだ。仕事を「やらなくちゃ」という思いと、「やりたくない」という気持ちがぶつかって、体が動かない。

 今日は、途中で会社を抜け出して心療内科に行こうと思う。うちの会社の人もけっこう、お世話になっていると聞いている。でも、誰かに会うのは嫌だな。

 エレベーターを降りて、ロビーに行く。ちょうどそこで、外出から戻ってきた太陽上司が見えた。「どこに行っていたんですか?」と尋ねると、

 「ああ、サボってた。ほら、駅前に『シラタエ』ってカフェあるだろ。あそこのシュークリーム、小ぶりでうまいんだよ」

 「就業時間中ですよ」

 「何を言うか。休むのは労働者の権利だよ」と冗談口調で、太陽上司は言う。心療内科の前に、太陽上司と話したくなった。

 「だったら、もう一度『シラタエ』に行こう。君にぜひ食べさせてやりたい」と太陽上司が言うもので、あとをついていく。彼にとっては今日2回目の「シラタエ」。よほど好きなんだろうな。

 「鈴木くん、ちょっと尋ねたいが、サボる、怠ける、ズル休みをするって、そんなにいけないものだろうか。それって『悪』なんだろうか。僕はそうは思えないんだよ。『怠ける』のはよいことだと思ってるんだ。君はここまで、休むことを軽視し、罪悪感すら持ってやってきた。君のように真面目な人によくある傾向だ。でも、そうやって仕事ばかりやってきたおかげで、生活を怠ける結果になってないか。

 家族や友人と連絡取ってるか? 部屋を掃除してるか? 役所や銀行に行く用事ない? 見たい映画、見てる? 心はね、会社の仕事も部屋の掃除も区別しないんだよ。仕事ばかりやって他を放っておくと、心は『おいおい、仕事ばかりしてるなよ。生活しろよ! 生きろよ!』と言ってくる。

 会社を休んで、一つひとつクリアにしてごらん。多分、気分は変わるよ。怠け心は、生きるための信号だ。直近で入っているアポイントメント? 変更してもらえばいいじゃないか。怠け心を軽視するな」と言って、照れくさそうに今日ふたつ目のシュークリームを平らげた。