部下にどんな言葉をかければいいか悩んでしまう、上司の言っていることの真意が分からない。同じ日本語を話しているはずなのに、なぜ、伝わらないのか。そんな世代間ギャップに注目し、コミュニケーションのノウハウや言葉の使い方を分かりやすく物語形式で解説したひきたよしあきさんの著書『人を追いつめる話し方 心をラクにする話し方』(日経BP)は発売後約2週間で増刷が決定! 今回は同書から「『木を見て森を見ず』な部下の視野を広げさせる一言」を紹介します。

登場人物
太陽上司(左)
総合イベント会社ホワイトベア制作一課課長。1977年生まれ、45歳。41歳の前厄で腎臓がんを患い、1年間休職。復帰後は、人材育成と新規事業に力を入れている。「彼と話すとなぜか仕事が楽しくなる」「やる気が湧く」と、他部署からも多くの相談が集まる。

石井孝史(中央)
入社12年目。小さなイベントの総合演出を務める。

 どんな小さなイベントでも、高揚感がある。インカムをつけて、スタッフの動きを確認しつつ指示をしていると、高校時代に文化祭の実行委員長をやったときのような気分になる。あのときのワクワクする感覚が好きで、イベント会社に入ったようなものだ。

 ほぼ2年間、大規模イベントができない状態を余儀なくされて、俺のようなお祭り男にはつらい時期が続いていた。その間に、ネットを通じてのイベントが増え、進化もした。それはいいことだとは思う。でも、やっぱり「人が集まってナンボ」という気持ちがある。ひとつの会場に、いろいろな人生を抱える人が集まって、笑い、歌い、声をひとつにする。勤めて12年。俺はずっとそれをやってきたんだ。やはり、イベントはリアルがいい。

 しかし、今回は高揚感だけでは終わらない。いや、それ以上にイライラした感情が先立っている。たった2年やらなかっただけで、スタッフの動きが恐ろしいほど鈍くなっている。インカムで指示をしても、全体的に返事が遅いし要領を得ない。バックヤードの弁当の数が足りなくて、仕事の途中で勝手にコンビニに行くやつもいる。ステージ上の位置を示す通称「バミリ」。これもあやふやで、入れ替わりのときに立ち位置で迷うダンサーがいた。こんな基本の「き」が、なぜできないのだろう。

 無駄話をしながらタラタラ歩いていた新人ふたりに、「俺が若い頃は、会場に入ったら歩くな、小走りでも走れと教わったもんだ。ダラダラ するな!」と怒った。すると怖がるどころか、ふてくされたような態度だ。うちのレベルも落ちたもんだと思うよ。インカムを投げつけたくなる。

 と、ステージの後ろで怒りに震えていた俺のところに、太陽上司がやって来た。「どんな調子だ?」と相変わらずニコニコ。いや、太陽上司、時には厳しくしてくれないと示しがつきませんよ、と言いたくもなる。「イベントの神様は細部に宿る。私はそう言われて育ちました。でも、今の若いコはそれができない。ユルいです」と言うと、太陽上司はこう言った。

 「なあ、石井くん。『神様が細部に宿る』のほかに、総合演出にはこういう言葉も必要なんだよ。大局を見失わなければ、大いに妥協していい。上が細かいことばかり言っていると、みんな萎縮して、言われた通りのことしかやらなくなる。指揮官は、大局を見ろ。リアルイベントで育った若手ばかりじゃない。リモートがメインの仕事の若手も、たくさんいるんだ。そりゃ、動きは昔のようにはいかない。でも、石井くんは、配られたカードでしか動けないんだ。大いに妥協。これも上に立つ者の心得だよ。大局を見よう」