緊迫が続くウクライナで、同国政府が女性兵士たちの姿をSNSで発信し、反響を呼んでいる。欧州などで国防分野の女性活躍に期待の声がある一方で、「平時の社会で女性が劣位に置かれているというジェンダー秩序は、戦時に増幅し、暴力による支配の循環を生み出す」と指摘するのは、長年にわたり軍事・戦争の分野でジェンダー研究を行う一橋大学大学院教授の佐藤文香さん。歴史や日常と密接なジェンダー問題について、佐藤さんに話を聞いていく。

(1)「女も戦場へ」は究極の男女平等? 数より重要な問いは ←今回はココ
(2)戦争や暴力の連鎖生む 「保護」を名目とした支配構造
(3)日本でのジェンダー研究に逆風? 不都合な真実との戦い
(4)戦後日本女性が家庭に戻った理由 ジェンダー史の分岐点
(5)男女平等と徴兵制 背景に目を向けないと事実を見誤る

軍事組織には、功罪併せ持つ女性活躍の実態が凝縮されている

編集部(以下、略) 佐藤さんは、ジェンダー研究の中でも特に軍事組織をフィールドに、約20年間研究を続けています。センシティブで難解なこのテーマを専門に、研究を始めたきっかけは何だったのでしょう。

佐藤文香さん(以下、佐藤) 軍事組織を研究対象にしたのは、軍事組織が男性社会の論理や価値観を典型的な形で反映している点に強く関心を持ったからです。社会の中で、男性の「成功」や「善悪」が支配的な基準となり、そこに参入する女性に適用されている例はたくさんあります。軍事組織には、功罪併せ持つ女性活躍の実態が凝縮されていると私は考えています。

 直接的なきっかけの1つは、大学生になる頃、湾岸戦争で米国の女性兵士が注目され、全米女性機構NOW(National Organization for Women)というフェミニスト組織が女性の戦闘参加を申し立てたこと。米国の女性兵士は、前線に出られないことが昇格の制約となってきました。女性の軍事参加への声が上がると、同時に「命を産み、育む女性が戦場で人を殺してもいいのか?」という強い反発も起こる。アメリカはこの激しい議論を続けてきた国であり、その背景は理解しつつも、「男性社会の論理や物差しに女性が頑張って適合すること=成功」とする議論に終始し、その論理や価値観自体を疑うような繊細な視点が抜け落ちていることにひっかかりがありました。

 当時は、日本における“軍事組織”にあたる自衛隊の社会学的な調査や文献はほとんどなかったので、私が抱いた違和感を言語化し、自明の理とされている論理や物差しを問い直そうという思いを抱きました。これが、研究者としての優等生的な答えですね。

男性秩序で成功を讃える「G.I.ジェーン」はフェミニズムなのか

―― 「優等生的な」ということは、他にも理由が?

佐藤 もう1つ、直接のきっかけは大学院生のときに「G.I.ジェーン」という映画を観たことでした。デミ・ムーアさんふんする女性兵士が、男性しかいない特殊部隊にテストケースとして入隊し、いじめを受けたり疎外されたりしながらも困難に立ち向かう。そして、最終的には男性兵士に称賛され、仲間として受容されていく。それが「フェミニズムの映画」であり「究極の男女平等の姿を描いた」サクセス・ストーリーとして評されていることに疑問を持ったんです。男性社会の基準に合わせることでしか勝ち取れない女性の成功のあり方に違和感があり、軍事や戦争のジェンダー問題に深い関心を持ちました。

―― 昨今のウクライナ情勢により、第二次世界大戦の独ソ戦で従軍した元女性兵士の視点から戦争の壮絶さを描いたノーベル文学賞作家、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチさんの作品『戦争は女の顔をしていない』(岩波書店)が再び注目を集めています。本の中で、「戦争で一番恐ろしかったのは?」という問いに対して「男物のパンツを履いていること」と答えた女性の言葉が印象に残りました。戦時でも「女性が男性と同じようにすることが究極のジェンダー平等」と言われることへの考えをお聞かせください。

佐藤さんは今年夏に『女性兵士という難問――ジェンダーから問う戦争・軍隊の社会学』(慶應義塾大学出版会)を出版予定。約3万人といわれるウクライナの女性兵士たちの姿がウクライナ政府のSNSで公開され、反響を呼んでいる(写真は、ウクライナ政府公式インスタグラムより抜粋)
佐藤さんは今年夏に『女性兵士という難問――ジェンダーから問う戦争・軍隊の社会学』(慶應義塾大学出版会)を出版予定。約3万人といわれるウクライナの女性兵士たちの姿がウクライナ政府のSNSで公開され、反響を呼んでいる(写真は、ウクライナ政府公式インスタグラムより抜粋)