緊迫が続くウクライナ侵攻で注目を集めている女性兵士。さまざまな分野で女性活躍が進むなか、国防への女性の参加は究極のジェンダー平等なのだろうか。軍事・戦争とジェンダーの社会学を専門とする⼀橋大学大学院教授の佐藤文香さんの研究活動は、陰に日なたに向かい風の中にあったという。日本における「自衛隊と女性」の研究について、詳しく話を聞いていくと、多くの企業が推進する女性活躍の功罪にもつながるジェンダーギャップの根深い構造が見えてきた。
(1)「女も戦場へ」は究極の男女平等? 数より重要な問いは
(2)戦争や暴力の連鎖生む 「保護」を名目とした支配構造
(3)軍事組織とジェンダーの研究から見る女性活躍推進の実態 ←今回はココ
(4)戦後日本女性が家庭に戻った理由 ジェンダー史の分岐点
(5)男女平等と徴兵制 背景に目を向けないと事実を見誤る
編集部(以下、略) 男女共同参画社会基本法が施行されたのが1999年。男女格差是正の動きは社会に少しずつ広がってきましたが、約20年にわたる研究活動の過程には、壁もあったのではないでしょうか?
佐藤文香さん(以下、佐藤) いろいろありましたね。まず、自衛隊を研究対象にすること自体がタブー視される状況がありました。学会では私に報告の順番が回ってくると波が引くように人がいなくなりましたし、女性学の雑誌に論文を投稿すると、「この論文が掲載されるなら編集委員を降りる」と言われたことも……。振り返れば、向かい風の連続です。
「軍隊と女性の研究は重要ではない?」への葛藤
―― そうした逆風の背景には何があったのでしょう。
佐藤 自衛隊における男女平等論が出てくることへの警戒感ですね。加えて、軍事組織とジェンダーの研究対象として「自衛隊の女性」を論ずることは、“軍隊”ならざる自衛隊を軍隊へと近づける動きに加担することだという批判もありました。
また、軍隊と女性を問うならば、自衛隊の内部にいる女性の研究より研究対象にすべき大事なことがもっと他にあるだろうと考える人はたくさんいたのです。例えば、「慰安婦」や基地近郊での売買、軍人による性暴力被害などの問題ですね。こうした研究が重要であることは、もちろん私にも十分分かっていました。
しかし、軍事組織のジェンダー問題には、社会における男女格差の根深い構造が凝縮されていて、自衛隊内の女性のことも併せて考えなければその核心には迫れないだろうという信念のような感覚を抱いていました。
―― そうしたなかで、佐藤さんは自衛官へのヒアリングを続け、2004年に『軍事組織とジェンダー――自衛隊の女性たち』(慶應義塾大学出版会)を出版しました。難解なテーマに取り組み続けた原動力はどこにあったのでしょう。
