2021年6月発売の『早く絶版になってほしい #駄言辞典』(日経BP)。この本で参考文献として紹介した『女性差別はどう作られてきたか』(集英社)の著者、北海学園大学名誉教授で政治学者の中村敏子さんに、日本に伝統的にあった「家」と明治政府がつくった「家制度」の違いや、それ以後、日本で性別役割分業がどのように形成、維持されてきたのかを聞きました。

中村敏子(なかむら・としこ)
中村敏子(なかむら・としこ) 1952年生まれ。政治学者、法学博士。北海学園大学名誉教授。75年、東京大学法学部卒業。東京都職員を経て、88年北海道大学法学研究科博士後期課程単位取得退学。主な著書に『福沢諭吉 文明と社会構想』(創文社)、『トマス・ホッブズの母権論――国家の権力 家族の権力』(法政大学出版局)、『女性差別はどう作られてきたか』(集英社)があり、訳書に『社会契約と性契約――近代国家はいかに成立したのか』(岩波書店)がある。

日本の伝統的な「家」では、夫婦はほぼ平等な立場で協働していた

中村敏子さん(以下、中村さん) 「家制度」は1898年(明治31年)民法によってつくられましたが、ここで第一に注意すべきは、「家」と「家制度」は違うということです。日本には「家制度」がつくられる前から「家」という組織がありました。

 今ある議論の混乱の背景の一つは、日本において平安時代ぐらいからある「家」と、明治政府のもとで民法によってつくられた「家制度」を、同じもの、かつ、連続しているものだと考えてしまうことです。

 では、「家」とは何でしょうか。

 「家」を一言でいえば「生活するための集団」です。家族を中心にして、使用人なども含め、生活を成り立たせるために皆で働いていく組織です。今の中小企業みたいなかたちだと思えば分かりやすいでしょう。共に働き、生活し、それを次世代につなげていくというのが、家の重要な目的だったわけです。

 このようにして皆で一緒に働く状況の中で、夫婦関係はどうあったかというと、いわば社長と副社長のように、両者が家のために協働する関係でした。つまり、抑圧的な関係ではなかったわけです。夫婦の立場の高さに少しは差があったかもしれませんが、夫の役割、妻の役割は分かれていて、それぞれがしっかり働かなければ家全体が成り立たなかった。これが日本の伝統的な「家」の姿です。


【書籍情報】
ジェンダーにまつわる
アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)による
1200もの「駄言」が教えてくれたものとは?


早く絶版になってほしい
『#駄言辞典』

編集:日経xwoman
発行:日経BP
定価:1540円(10%税込)
 Amazonで購入する

【目次】
・駄言とは?
・まえがき
・第1章…実際にあった「駄言」リスト
 女性らしさ/キャリア・仕事能力
 生活能力・家事/子育て
 恋愛・結婚/男性らしさ
・第2章…なぜ「駄言」が生まれるか
 スプツニ子!/出口治明/及川美紀
 杉山文野/野田聖子/青野慶久
・第3章…「駄言」にどう立ち向かえばいいのか
・あとがき