2021年6月発売の『早く絶版になってほしい #駄言辞典』(日経BP)。ジェンダーにまつわるステレオタイプから生まれる400を超える「駄言」を、エピソードとともに紹介している本書を、京都大学レジリエンス実践ユニット特任教授・京都大学名誉教授の鎌田浩毅さんはどう読んだのでしょうか。

「誰がやってもなんとかなる」時代ではない

「危機的状況にある日本国でみんなが生き延びるために力を合わせなくてはいけない。それが今です」(鎌田さん)
「危機的状況にある日本国でみんなが生き延びるために力を合わせなくてはいけない。それが今です」(鎌田さん)

 素晴らしく優秀な女性の学生や研究員はいるのに、日本でトップに立つのは男性である場合が多い。これはゆゆしき事態です。一番優秀な人に受け継がなければいけないのに、学問に対する真剣さが足りないがゆえに、それが実現できないのでしょう。

 企業も官庁も同様で、危機感が不足しているのです。「誰がやってもなんとかなる」と思ってしまう人が多すぎる。実際は違います。

 私の専門である地球科学で言うと、日本では、これから地震、火山の噴火が頻発します。気象災害も危機的な状況にあります。現時点で、日本には約1000兆円の借金があります。そこで2030年代に南海トラフ地震が起きると220兆円以上の被害額が出る。その後、20年間で復興のために1410兆円かかると試算されています。つまり、日本は現存の1000兆円に加えて、約1500兆円の負債を抱えることになるのです。それなのにアカデミアにも、官庁にも、企業にも危機感が全くありません。正しい危機感を持っている人はもう戦々恐々としています。一番優秀な人をトップに据えなければいけないときに、性別を気にしている暇はないだろう、ということなんです。

 優秀というのは仕事ができるというだけではありません。人間関係を構築するのがうまいとか、体力があるとか、調整能力が高いとか、弱者に優しいとか、さまざまな能力が必要です。危機的状況にある日本国でみんなが生き延びるために、まさに力を合わせなくてはいけない。それが今なんです。

 学問の世界では論文の優劣や、協調性があって共同研究ができるかといったさまざまな軸で教授に採用する人材を判断しますが、その判断軸が甘いと「何となく」で男性がトップに就任しがちです。そしてその学科はいずれ没落する。本当はそれくらい厳しいんです。

企業も官庁も危機感が足りない

 僕は企業に対してもたくさん言いたいことがあります。日本はGAFA(親会社のアルファベット含むグーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コム)のような企業を生むことができませんでした。今の世界はGAFAが席巻しているわけです。次にポストGAFAを世界中が狙っていますが、日本の企業は全然入れそうにない。つまり、日本の企業は世界に2周の後れを取っているんです。1周遅れでGAFAに入れなかった。次も入れなさそうだ、と。そんな時に「駄言」を言う人がいる。あきれるばかりです。

 日本の資源は人であり、新しい発想やイノベーションを生み出さなければいけないのに、DX(デジタルトランスフォーメーション)でも遅れている状況です。僕らは学問の分野でしのぎを削っていますが、日本の企業にももっと真剣に頑張ってほしいと思っています。お金を稼いで皆を食べさせるというのは社会的にも重要な役割です。コロナ下でGAFAはもうかっていますが、既存の重厚長大な産業が困っている。にもかかわらず、企業も官庁も危機感がまったく足りないように見えます。


【書籍情報】
ジェンダーにまつわる
アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)による
1200もの「駄言」が教えてくれたものとは?


早く絶版になってほしい
『#駄言辞典』

編集:日経xwoman
発行:日経BP
定価:1540円(10%税込)
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【目次】
・駄言とは?
・まえがき
・第1章…実際にあった「駄言」リスト
 女性らしさ/キャリア・仕事能力
 生活能力・家事/子育て
 恋愛・結婚/男性らしさ
・第2章…なぜ「駄言」が生まれるか
 スプツニ子!/出口治明/及川美紀
 杉山文野/野田聖子/青野慶久
・第3章…「駄言」にどう立ち向かえばいいのか
・あとがき