変わるきっかけはSNS

―― 中学生時代、本心を話せる相手はいましたか?

ryuchell 全くいませんでした。大好きだったメイクは、みんなと会わない土日とかに自分の部屋でこっそり練習して。

 親は中学生になって僕が自分を隠すようになったことに気づいていました。親にしてみれば、大事な子どもが誰かに傷つけられるのは見ていられないし、本当の自分を隠している姿も見ていられない。親もキツかったと思います。

 そんな中、僕のつらさを分かってくれていたのか、「今日は学校を休んでドライブに行く?」「映画に行く?」「旅行に行く?」と声を掛けてくれることもありました。僕を追及したり、問題を解決しようとしたりするのではなくて、ただただ居場所になろうとしてくれた。本音や問題の核心に迫ることはないけれど、今いるところから離れる手伝いをしてくれた。そういうときには僕もちょっと自然に笑えて。すごく助けられていました。

―― 変わるきっかけは何でしたか?

ryuchell SNSです。中学2年生の冬に、ツイッターでイキイキ自分らしく生きている人たちを知りました。原宿の(アパレル)ショップで店員をしていたり、自分の「好き」を外見で表現したりしていて。何も怖がらずに生きているみんなを見て、「今の友達とずっと一緒に人生を生きていくのはもったいない気がする」と感じたんです。

 スパイス・ガールズのバービーをずっと捨てずに大切にしていたけど、友達が家に来るから隠していて。バービーを見るたびに「本当はこういうのが好きだったはずなのに」「今でも好きなのに」「こういうふうに心躍ることを、みんなには言えなくても、誰か一人ぐらいには堂々と『好きなんだよね』と言える居場所があったら、どれだけ楽だろう」と思うようになって。そして、猛勉強して、地元の友達が一人もいない高校への入学を目指すことにしました。

―― どんな高校だったのですか?

ryuchell たまたま見学に行って、「ここだったら自分を出せそう」と思った校則の緩い高校でした。当時の学力では到底、入試に受かりそうになかったので、親に頼んで家庭教師を付けてもらいました。

 晴れて合格した僕が「この学校に行きます」ってSNSを始めたら、同じ学年で入学する子や先輩方がみんな見てくれて、入学式前に既に話題になったんです。すごく派手なファッションで自撮りしてアップしていたので「沖縄にこんな子がいるんだ」ってフォロワー数も増えて。きっとそれまでの僕しか知らない地元の友達からすれば「は? 何やってんの?」って感じだったと思うんです。でも絶対、中学校みたいな3年間を送りたくなかったし、「失敗したら高校を辞めよう」というぐらいの覚悟でした。

 そして、高校の入学式から個性爆発で行きました。