脳の専門家である千葉大学脳神経外科学の岩立康男教授に、記憶のメカニズムと、脳を長持ちさせる方法について聞いていく本特集。「脳のキャパオーバー」による悪影響、運動による認知機能の改善効果などを紹介した第1回に続き、今回は脳の寿命を決める「グリア細胞」の働き、食事による認知症の予防効果について詳しく解説していきます。

<健康な脳のつくり方(3)グリア細胞の活性化>
脳の寿命を決めるグリア細胞 記憶の定着、掃除役を一手に担う

 第1回では、一生懸命問題を解いたり、記憶しようとするだけでなく、ときにはぼーっとすることがまんべんなく脳を活性化し、記憶の整理や再編、新しい記憶を作るのに役立つことを紹介した。「いろいろな部位の活性化が大事」というのは脳細胞にも当てはまる話だ。

 脳細胞というとニューロンがよく知られている。ニューロンは、新しい情報から記憶を作り、それを伝達して長期記憶として保存する、いわばコンピューターとその通信網のような働きをする細胞だ。だが、「実はニューロンは脳細胞の2割程度で、残り約8割はグリアと呼ばれる細胞が占める。そして脳を若く保つには、ニューロンだけでなく、グリア細胞の働きが非常に重要」と千葉大学脳神経外科学の岩立康男教授は話す。

 このグリア細胞、アインシュタインの脳では一般の人より2倍ほど多かったといわれている。

情報伝達を助け掃除もするグリア細胞

 グリア細胞にはアストロサイト、オリゴデンドロサイト、マイクログリアと呼ばれる3種類があり、主な役割はニューロンが快適に働くためのサポート。グリア細胞がいないと脳は機能しないという。

 「例えば、アストロサイトは、海馬で生まれた新しい記憶を長期記憶として別の場所に保存する際に、ニューロン同士の情報伝達の橋渡しをする。ニューロンに血流やエネルギーを送り込んだり、脳内の“ゴミ”を排除するのもアストロサイトの役割だ」と岩立教授。

 脳のゴミというのは、細胞の死骸や異常なたんぱく質などの老廃物のこと。脳以外の体内では老廃物はリンパ系に集められて静脈に運ばれ、尿として排出されるが、脳にはリンパ系が存在しない。「その代わりにアストロサイトが、老廃物をせっせと運び出してニューロンが働きやすい環境を作る」という。

グリア細胞の一種であるアストロサイトは脳内の掃除係。脳脊髄液中にある異常たんぱく質や細胞の死骸などの老廃物を拾い集めて静脈周囲腔というところに排出する。歳をとると徐々にこの働きが低下、老廃物が蓄積しやすくなる。
グリア細胞の一種であるアストロサイトは脳内の掃除係。脳脊髄液中にある異常たんぱく質や細胞の死骸などの老廃物を拾い集めて静脈周囲腔というところに排出する。歳をとると徐々にこの働きが低下、老廃物が蓄積しやすくなる。

  脳の老廃物には、アルツハイマー型認知症との関連が指摘されるアミロイドβなどの異常たんぱく質も含まれる。「異常たんぱく質は、病気が発症してからできるものではなく、正常な脳の中にもある程度存在し、若い脳ではこれをせっせとアストロサイトが排出する。ところが、加齢などが原因でアストロサイトの機能が低下すると、脳や血管の中に排出されない異常たんぱく質が蓄積してしまう」(岩立教授)。

 こういった老廃物の蓄積は、ニューロンやグリア細胞の働きを邪魔したり、細胞死の原因となる。実際、「アルツハイマー型認知症の患者の脳ではアストロサイトの老廃物排出機能が低下していることがわかっている」と岩立教授は説明する。

アルツハイマー型認知症は、脳の萎縮やアミロイドβの蓄積が通常より早い病気。通常の加齢では、脳萎縮やアミロイドβの蓄積は前頭前野と分散系ネットワークで活性化する脳の中央付近(DMN)から始まるのに対し、アルツハイマー病患者の脳では側頭葉にも早くから変化が表れることから、ここに何かしらの原因があると考えられているという。
アルツハイマー型認知症は、脳の萎縮やアミロイドβの蓄積が通常より早い病気。通常の加齢では、脳萎縮やアミロイドβの蓄積は前頭前野と分散系ネットワークで活性化する脳の中央付近(DMN)から始まるのに対し、アルツハイマー病患者の脳では側頭葉にも早くから変化が表れることから、ここに何かしらの原因があると考えられているという。