専業主婦だった母へのモヤモヤを言語化

 家父長と主婦が互いに補い合い、ある種の共犯関係の中で、資本主義に根差す近代家族が成り立っているという論旨には、目からうろこが落ちる思いでした。なぜなら僕自身が、サラリーマンの妻をやっている母親に対して、どうしてこんなにつまらない立場にいるのかと、ずっと疑問に思っていたからです。母は家庭の中で、強権的なおやじに頭を押さえ付けられ、自分を抑圧していて、とてもかわいそうでした。その思いが、日本のサラリーマン社会と主婦への反感として、自分の中にモヤモヤとたまっていたんですね。

 上野さんはこの本で、そのモヤモヤを明快に言語化してくれました。家父長制というシステムが母をそのような境遇に追いやっていたのです。

 建築家として独立したてだった僕にとって、さらに大きかったのは、近代家族が持ち家幻想と結びついたことで、資本主義という20世紀システムを認識できたことです。

 戦後の日本人は、「家を持てば幸せになれる」という幻想を、あらゆる方面から植え付けられて、一生を縛る住宅ローンという鎖につながれてしまいました。19世紀にエンゲルスは、労働者に家を持たせることは、彼らを自由にするどころか、農奴以下の存在にすることだと、すでに言っていましたが、上野さんはその構造を、戦後日本の家族に敷衍(ふえん)し、解き明かしてみせた。

 僕の言いたかったことが理論化されていました
僕の言いたかったことが理論化されていました