「聖なる持ち家」幻想を一蹴

 もう一つ、この本は、当時の建築界の大原則だった「聖なる持ち家」に対するアンチの気持ちを補強してくれもした。当時は、小さくて芸術的な家を設計することが、建築家の証しみたいな風潮があった。そのバイブルが、篠原一男さんの著した『住宅論』(70年)でした。

 もうお分かりでしょうが、僕が書いた『10宅論』は、それのパロディーです。「○金(まるきん=金持ち)」「○ビ(まるび=貧乏)」という言葉を使ってベストセラーになった『金魂巻』(渡辺和博とタラコプロダクション/84年)をまねして、「アーキテクト派」という類型を設けて、「コンクリートの打ちっ放しを唯一絶対、神聖なる様式だと信じている、ナルシスティックな人々」と定義した。八つ当たり的に書いているから、文体もふざけた調子でしたし、我ながらひねくれているという自覚はありました。

 それが、上野さんの本を読んだことで、あ、僕が批判したかったものの本質はこれだ、と分かった。すなわち、小さな聖なる家は、「幸せ」という幻想をもって人生を縛る装置であり、建築家は、その搾取構造に無自覚に加担している、と論理化できたのです。その後、僕は『建築的欲望の終焉(しゅうえん)』(新曜社/94年)という真面目な建築批評を書きましたが、それはこの読書体験があったからです。

 その頃は仕事自体が少なかったので、マイホームを頼まれれば、僕だって喜んで設計していましたよ。でも、少なくとも「聖なる家」として自分を正当化することだけはやるまいと思った。社会の駒として都合よく使われるか否か、20世紀資本制の構造を認識しているか、していないかは、大きな違いだと気づきました。まあ、僕に頼みに来る人は、かなり変わっている方々でしたが。

 隈研吾=都会の超高層タワーを手がける建築家、というイメージを持っている人もいると思いますが、実情はだいぶ違います。

 この本が出版された翌年にバブルがはじけ、90年代は、東京での仕事は一切無くなりました。その10年間は、ひたすら日本の地方で、小さな仕事をしていました。

地方のほうがずっと人間らしいと思います
地方のほうがずっと人間らしいと思います