ヨーロッパの産業革命を批判

 この本で批判される「近代」は、18世紀半ばから19世紀にかけて、ヨーロッパで興った産業革命です。吉田の言によると、「大体二千年ばかりの歴史でヨオロッパが最もヨオロッパだったのが十八世紀」ということで、そこではギリシャ、ローマ時代から続く純粋な精神、人間が人間として存在する自由が息づいていた。ところが、産業革命という機械中心主義が興ったことで、人間性が抑圧されて、おかげで19世紀という時代は最悪のものになってしまった。その抑圧に対抗するものとして、19世紀末にアンチの風が吹いたという見立てです。

 例えば、アルチュール・ランボーのような破天荒な詩人は、そんな時代背景の中で登場するわけです。ランボーは若くしてパリ、ロンドンの文壇で大成功しましたが、世間の価値とか、都市のうわべの華やぎとかをさっさと見捨てて、貿易商人としてアフリカに渡り、砂漠を放浪した末に、早世しました。まさしく世紀末的な感性で、そのようなアンチな生き方は、10代の僕をどうしようもなく魅了しました。

 本の中にはポー、ワイルド、ボードレール、ニーチェ、プルースト、ヴァレリーと19世紀末を彩った芸術家たちの名前がちりばめられていて、70年代という時代に、厭世(えんせい)的な気分を抱える高校生には、甘い毒のようでもありました。それを、総理大臣という世俗の代表選手のような人の息子が書いている、という点がまた最高でした。

『ヨオロッパの世紀末』(吉田健一著/岩波文庫)
『ヨオロッパの世紀末』(吉田健一著/岩波文庫)