これまでたびたび話題になってきたパートナーの呼称問題。近年、特に迷う場面が多いのは「他人のパートナーをどう呼ぶか」ではないでしょうか。「ご主人」とは呼びたくない、でも「旦那さん」もどうか――。
言語学者で言葉とジェンダーに関する著作も多い中村桃子さんに聞きました。
日経xwoman編集部(以下、――) 今回、編集部では「パートナーの呼び方、どうしてる?」というアンケートを行いました。回答を見て、中村さんが感じたことはありますか。
中村桃子さん(以下、中村) 男女ともお互いのパートナーをフラットなニックネームで呼んでいる人が多いのですね。一昔前に比べ、お見合い結婚から恋愛結婚が増え、結婚前からニックネームで呼び合っていると、結婚しても呼び方が変わらないのでしょう。
―― アンケート結果でも「結婚後にパートナーの呼び方が変わりましたか」と聞いたところ、「変わらない」が67.7%でした。
アンケートでほかに目立った回答では、「主人」「旦那」「嫁」「奥さん」といった呼び方に違和感を覚える人が多かったことです。世間でも男性芸能人がパートナーを「嫁」と呼んだり、女性芸能人がパートナーの不祥事をわびる際に「主人」と表現したりして、話題になったことがあります。近年、なぜパートナーの呼称が議論されるのでしょうか。
中村 やはり私たちの結婚に対する意識や結婚観が多様化していることが大きいと思います。例えば結婚をするのか、しないのか。法律婚なのか、事実婚なのか、同性婚なのか。多様化して使い分けが難しく、どんな呼び方をするかで、その人の結婚観やプライベートな価値観、自身のアイデンティティーが透けて見えてしまうからだと思います。
―― 「透けて見える」とは、どういうことでしょうか。
中村 パートナーのことを人に話すときは、相手の人に「自分とパートナーの関係から、自分がどういう人間か」が分かってしまいます。
他人のパートナーを呼ぶときは、どう呼ぶかで、「その会話の相手をどう扱っているのか、きちんと敬意を払っているのか」といったことが伝わります。
どちらの場合も、自分のプライベートな価値観が相手に伝わるため、日ごろ接している表向きの面とギャップがあると驚いてしまう……といったことがあるのかもしれません。
―― アンケートでも「バリバリ働いている女性が意図的に『主人』と呼んでいるのに違和感がある」「男性が『嫁』と呼んでいるのを聞くと、そういう人なんだと思う」といった回答がありました。
中村 お互いに会話をする中で、その人が「どんな呼び方をしているか」で、「どんな価値観を持った人間なのか」を判断することが増えているのでしょうね。
呼び方といえば、私も困ったことがあります。パートナーではありませんが、米国に留学していたときに大学の教授から、「桃子は僕のことを何と呼んでもかまわない。プロフェッサー・スミスでもいいし、ジョンでもいいし、ジョニーでもいい。ただ、どう呼ぶかで僕は『桃子はそういう人間なんだな』と思うよ」と言われて、何も話せなくなってしまいました。日本では「先生」と呼んでいれば正解だったのに、さてどうしようかと悩みました。
―― 結局、何と呼んだのですか?
中村 周囲の留学生が何と呼んでいるか観察して、「ジョン」にしました。
今の日本もパートナーの呼び方に選択肢が生まれ、どれを選び取るか考えながら過ごさなくてはいけない時代になったのだと思います。