見出し語や使用例が時代に即しており、「最も現代の日本語を反映している辞書」ともいわれる『三省堂国語辞典』。2021年12月、8年ぶりに全面改訂となり、第八版として約3500の新語が増補されました。その中には「LGBT」「ルッキズム」など、今の時代らしい言葉もあります。新しい言葉と消えゆく言葉、日々のコミュニケーションで気をつけたい言葉について、三省堂国語辞典の編さん者・飯間浩明さんに聞きました。
第八版は「ジェンダーバイアスに配慮する」が基本方針だった
日経xwoman編集部(以下、――) 「リモート」「ソーシャルディスタンス」などの言葉も加わり、三省堂国語辞典が8年ぶりに全面改訂されて、第八版が発売となりました。「LGBT」「ルッキズム」といった性的少数者やジェンダーに関する言葉も増えたのですね。
飯間浩明さん(以下、飯間) 「LGBT」という言葉が一般的になったのは2015年ごろだと思いますが、第八版には必ず掲載しようと考えていました。今回は「ジェンダーバイアスのある言葉には注意しよう」「LGBTなど多様な性のあり方に配慮しよう」が基本方針の一つでした。
―― 編さん者のみなさんで意見が割れることはありませんでしたか。
飯間 意見が割れては辞書がつくれなくなります。一つひとつの言葉については載せるか、削るかを検討しますが、今回の基本方針に対しては意見が割れることはありませんでした。
辞書は多様な人々が使いますから、バイアスのかかった言葉は人を傷つけてしまいます。また、ジェンダーバイアスだけではなく、言葉の例文を書くときにも「最近の若者は」というように特定の世代や人物をやゆする表現も避けなくてはいけません。と、言うは易く行うは難し……で編さん中は見直し作業の連続でした。
これは第七版のときですが、編さん者の間で三浦しをんさんの小説『舟を編む』に「恋愛の対象を『特定の異性』に限ってしまうのは妥当なのか」と書かれていることが話題となり、「恋愛」の意味を見直したこともありました。
―― 第八版で意味を見直した言葉には、どんなものがありますか。
飯間 例えば、「女らしい」「男らしい」ですね。第七版では
[男らしい]男性が、勇ましい、たのもしいなど、好ましい性質を持ったようすだ。
と書かれていましたが、第八版では
[男らしい]〔男が〕勇ましい、たのもしいなど、好ましい性質を持ったようすだ。〔「男は そういうものだ」という思いこみのはいったことば〕
と掲載しています。
―― 一歩踏み込んで、「思いこみのはいったことば」と解説されているんですね。
飯間 はい。ほかにも「貞淑」という言葉は、
第八版 [貞淑]〔妻が〕貞操を守り、しとやかなこと。〔昔、女性だけに求められた理想〕
としています。
また、「女の腐ったような」など、むしろ現代において残っているとおかしい言葉も削除しました。
三省堂国語辞典は現代の人々が日常生活で使う言葉を載せる辞書ですので、誰も調べなくなったり、使わなくなったりした言葉は削除します。第七版からは約1100項目が削除されています。ジェンダーに関わる言葉ではありませんが、MD、ペイテレビ(有料放送)、消費組合(生協の旧称)などが消えました。
―― 一つひとつの言葉を見直すだけでも、大変な作業ですね。AIなどで選別できないのでしょうか。
飯間 AIも使いたいですね。ただ、新しい言葉だけを集めればいいわけではありませんし、使用例についても信頼できるかどうかは疑問です。やはり一つひとつ人の目を通して選び、検証することが必要です。その検証も一朝一夕ではできませんから、年月がかかる。第七版からは8年の歳月がかかりました。