「女性とは何か? 性とは何か?」。これらの問いに対して、開発するコスメを通じて明確な答えを提示し続けるひとりの女性に、コラムニスト河崎環さんがインタビュー。フェムテック先駆者と言われ、デリケートゾーンのコスメ開発などを手掛ける森田敦子さん。2回にわたって、森田さんの生きざまを追いかけながら、日本の女性が抱える「性」にまつわるジレンマと課題を浮き彫りにしていきます。

 日本でいまジワジワと広がりつつある「フェムテック」。その代表的なものの中に、デリケートゾーンケア製品があります。コスメやボディーケアの延長線上で、とりわけデリケートゾーンを専用の洗浄料や保湿剤でケアする習慣は、日本人女性にとってこれまでなかったもの。草分けとなった「アンティーム オーガニック」の製品開発者である植物療法士・森田敦子さんは、女性が自分の体、特に子宮や外陰部についてきちんと意識し、ケアを続けることが、女性の人生と今後の日本女性のあり方に大切な役割を果たすと話します。

森田敦子(もりた・あつこ)
森田敦子(もりた・あつこ)
植物療法士。サンルイ・インターナッショナル代表。1965年愛知県生まれ。航空会社の客室乗務員を経て、植物療法に興味を持ち渡仏、フランス国立パリ第13大学で植物薬理学を学ぶ。帰国後、98年に会社を設立。「アンティーム オーガニック」「Waphyto」などの植物療法に基づいた製品開発に注力するほか、「ルボア フィトテラピースクール」を主宰し、フィトテラピストの育成に力を注ぐ。著書は『潤うからだ』(ワニブックス)他、多数。

CA時代、不調を抱え、体を整えることに必死だった

 「航空会社への就職は1989年、バブル真っ盛りだったんです。男女雇用機会均等法が施行されたばかりで、CA(客室乗務員)として航空会社に就職しました。仕事も大忙しでした」

 経済絶好調で、昼も夜も、日本がお金で買える豊かさを謳歌していた、景気のいい時代。そんな華やかな話を明るい声でゆったりと始めた森田敦子さんは、次の瞬間、まとめ髪を突然ほどいて言いました。「今でこそ、こんなに髪も豊かで真っ黒でしょう。でも20代後半の時、私はストレスで倒れてしまったんです。薬の副作用で髪はほとんど抜けて、かつらをかぶるなど、つらい時期がありました」

 呼吸器疾患で、ダストアレルギーによる気管支ぜんそく。8カ月もの長期入院をし、「ステロイド剤と気管支拡張剤がなければ生きていけない」日々。当時の森田さんは、「体を必死に整えていくことで精いっぱい。時代を楽しむなんて状態ではありませんでした」

 体の不調を抱えながらCAとして4年以上もの間を過ごし、心と体をきちんと立て直そう、と薬草学を学ぶために渡欧を決意。90年代当時の日本では、女性は30歳を前に結婚し「寿退職」をするのがステータスで、それは航空会社のCAのような華やかな世界ではなおさら。結婚しない人には、「負け組」との視線も投げかけられることのある時代でした。