婚活の延長―生殖すら「マッチング」になりうる社会

 一方、生殖医療の先進国では、医学の発達と並行して価値観も変わり、「パートナーはいらないけれど子どもは欲しい」あるいは「今のパートナーに不妊の問題があるので精子提供を受けたい」と考える女性たちが精子バンクを利用することでも知られる。その際にどういった「仮想パパ」を選ぶのか、そこに幸せな話から切ない話、人間の倫理観に関わる話まで、さまざまな人間味あふれるエピソードが漏れ聞こえてくる。

 だが、精子バンクの利用登録資格や利用料など、ハードルは決して低くはない。するとネット社会が進むに従って精子提供者すらもネット上の「マッチング」で探す女性が数多く出現した。ところが、ある種の「精子提供界のカサノバ」、もっと言うならば「スーパースプレッダー」とも呼べる特定の男性も出現した。彼らは不妊治療クリニックや精子バンク、ネットを通しての個別の配布など、あらゆる精子提供方法を駆使し、国境や海を越えてまで、世界中に数百人の「子孫」を残していたことが判明したのだ。(※1)

 大きな精子バンクなどでは同一提供者による提供数に制限を設けているが、国際的には足並みのそろった法規制が存在していない。その「カサノバ」が住む国内だけでも数百人、国外にすら異母きょうだいを持つ子どもたちが、うっかりデートアプリで出会ってしまっているという、現代ならではの悩ましいケースもある。お互いに同じ遺伝子を持つ「きょうだい」同士が、事実を知らぬまま次世代を再生産してしまったときに発現する遺伝的リスクも否定できない。

 こうした特殊なエピソードはサスペンスドラマやホラー映画のネタのようでもあるが、同時に「生殖の非対称性」という社会的問題をも私たちに突きつける。卵子の年齢を止め、自分の体のタイムリミットと闘ってまでして、必死に自分の人生の手綱を手放さぬよう痛みを抱えて努力する女性たちとはまるで対照的に、国境を軽々と越え、自分は痛みや苦しみなど知るよしもなく、あちこちに子孫を残して回ることのできる男性たち。

 女の人生に裏技はない。人生と真正面から取り組む女たちが思い描く「時間を止めた、その先」には、やはりまた真正面から取り組まねばならない人生が待っている、ただそういうことなのだ。

※1 ‘The Case of the Serial Sperm Donor’

文/河崎 環 イメージイラスト/PIXTA