今、新たな経済圏として世界中で注目される「メタバース」。ネットワーク上での3次元仮想空間を意味するメタバースでは、ユーザーがアバターと呼ぶ自分の分身を動かしてウェブ上の空間で社会生活を送るなど、かつてSF(サイエンス・フィクション)の世界だった話が現実になりつつあります。そこで気になるのは、メタバースがもたらす「性の選択と自由」について。現実世界で女性として生き、仮想空間内では男性として生活する人も多数いるなか、私たちのジェンダー観は今度どう変わりゆくのか――。アメリカ文学者でありSF批評家の巽孝之さんに、コラムニスト河崎環さんがインタビュー。メタバースの世界と、そこから見た「性の未来」に思いをはせる旅へと誘います。

(上)ジェンダー制約超え「別の自分生きる」メタバースの意義 ←今回はココ
(下)ジェンダーを超越するSF 未来のビジョンの鍵は歴史にあり 

メタバースの仮想世界、何がどうスゴい?

 米Facebook社が社名を「Meta」に改称したのは知ってる、メタバースが「来た」「アツい」ということもよーくわかってる。NFTもブロックチェーンも、ビジネスキーワードとして意味を押さえてる。でも、肝心のメタバースがどうスゴいのか、なぜスゴいのか、それで私たちの置かれている環境はどう変わるのか、そのへんの社会的意義がよくわからない……。

 そんなビジネスウーマンの皆さんは少なくないはず。なぜなら筆者カワサキもその一人だからなのです。「仮想世界」と聞いても、正直25年前の映画『マトリックス』直撃世代なもので、黒いロングコート姿のキアヌ・リーブスと緑色の文字がキラキラ縦に落ちてくるスクリーンセーバーみたいな画面で世界観が止まっています。

 世間はいまメタバースなんて新しい言葉で呼んでいるけれど、それってこれまでのオンラインRPGゲームみたいな3D仮想空間とどう違うのか? 約20年前の「セカンドライフ」やゲームキッズに大人気の「マインクラフト」「フォートナイト」も鳴り物入りで登場したけれど、本当に社会を変えるまでにはならなかった。

 結局、ゲームの「ファイナルファンタジー」や「どうぶつの森」、映画『レディ・プレイヤー1』のバーチャルな世界と同じなのでは? 私たちが生きている現実世界にどうインパクトを与えるの? そんな疑念から離れることができません。

メタバースで、人類はジェンダーや人種などの制約を超越する

 ところが、巽孝之さんが「三田評論」2022年3月号に寄稿した「さまよえる電脳――サイバーパンク的想像力の系譜」というエッセーを読んで、なるほどそういうことか、と膝を打ったのです。

「サイバーパンク以後のSFが電脳文化を全地球的に浸透させた」
「仮想世界内部で遊ぶ人々が何よりも自身の性差を偽装するところに最大の快楽を見いだすケースは決して少なくない」
「ハイテクノロジーがいかに易々と性差脱構築しうるかの一例」
「(略)さらに将来、性同一性障害のみならず人種的少数派の諸問題をも解決を模索する新たな物語が生まれるだろう」

(「さまよえる電脳――サイバーパンク的想像力の系譜」から)

 性差脱構築、さらには少数派諸問題の解決。これだ!

 もしかして、メタバースの意義というか社会的インパクトって、SF的な何かなのでは。そんな思いを携え、ニューヨークから一時帰国中の巽さんに話を聞くことができたのです。

慶応義塾大学文学部名誉教授・慶応義塾ニューヨーク学院長 巽孝之(たつみ・たかゆき)さん
慶応義塾大学文学部名誉教授・慶応義塾ニューヨーク学院長 巽孝之(たつみ・たかゆき)さん
アメリカ文学者、SF批評家。『サイバーパンク・アメリカ』(勁草書房)が1988年度日米友好基金アメリカ研究図書賞を受賞する他、『現代SFのレトリック』(岩波書店)、『ニュー・アメリカニズム アメリカ文学思想史の物語学』(青土社、1995年度福沢賞)、『パラノイドの帝国 アメリカ文学精神史講義』(大修館書店)など著書多数。ダナ・ハラウェイ他『サイボーグ・フェミニズム』(トレヴィル、増補版は2001年水声社から)など、編訳・翻訳書も多い。慶応義塾大学文学部教授(英米文学専攻)を経て、22年1月から現職