アメリカ文学者でSF批評家の巽孝之さんに、「メタバースとジェンダー」についてコラムニスト河崎環さんがインタビュー。今回は、ジェンダーや人種などの制約をも超越するメタバース圏の未来について考えていきます。歴史改変SFマンガ『大奥』に関する巽さんの深い考察ポイントは要注目です!

(上)ジェンダー制約超え「別の自分生きる」メタバースの意義 
(下)ジェンダーを超越するSF 未来のビジョンの鍵は歴史にあり←今回はココ 

サイバーパンク小説研究の第一人者が語る「メタバースの社会的意義」

 米国在住で慶応義塾大学文学部名誉教授・慶応義塾ニューヨーク学院長の巽孝之さんに、一時帰国されたところをこれ幸いとお願いし、話を聞く機会を得ました。上編では、メタバースが、オンラインゲームのように閉じられた3D電脳空間とどう違うのかについて解説してもらいました。実は、マトリックスもメタバースも、その言葉や概念自体、30年や40年前から既にサイバーパンクという小説分野で発表されていたものであり、社会がようやく小説に追いついた、という話には驚かされました。

 サイバーパンクの目的の一つは、アイデンティティーの入れ物である肉体をまるで洋服のように自由に「着替える」ことによって容姿を変える世界を描き、ジェンダー(性差)やエスニシティ(人種的帰属)の根拠を脱構築することなんですよ、との巽さんの言葉。もしかするとメタバースという電脳空間の広がりは人々の精神を変え、ゆくゆくは少数派や多数派という実社会の制約を超越し、現代の社会的課題である多様性の摩擦を解消するのではないか、という予感がしました。

 私もメタバースの中でなら、自分が選んでデザインした姿になれる。例えばネオ(映画『マトリックス』の主人公)になれる。なんなら個人的な感覚として、そっちが「本当の自分」になるかもしれない。本当のセカンドライフ(第二の人生)、極めてリアル版。メタバースが単なる3D仮想村や仮想ショッピングモール以上の、社会の価値観に起こすイノベーションがあるとすれば、「生来的な被抑圧の解消」かもしれません。

アメリカ文学者・SF批評家 巽孝之さん
アメリカ文学者・SF批評家 巽孝之さん