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城崎国際アートセンター 「トップは女性に」の舞台裏

「要職にはおじさんばかり」に違和感 館長交代の舞台裏

城崎国際アートセンター館長 志賀玲子×前館長 田口幹也(上)「多様性の観点から、館長は女性から選ぶべきだ」という思いで館長職を退いた

Terraceで話題!

「ジェンダーギャップ解消戦略」「演劇のまちづくり」といった独創的な取り組みで注目を集めてきた兵庫県豊岡市。城崎国際アートセンター(以下、KIAC)は、舞台芸術に特化したアーティスト・イン・レジデンス(滞在型の作品制作)施設で、豊岡市の地方創生の拠点として運営されています。2021年4月には、多様性の観点から館長と芸術監督のポジションに2人の女性が同時就任。現館長の志賀玲子さんと前館長の田口幹也さんにトップ交代の背景について聞きました。

(上)「要職にはおじさんばかり」に違和感 館長交代の舞台裏 ←今回はココ
(下)ジェンダーギャップ解消の推進途上 市長交代の影響は?

写真右:志賀玲子 城崎国際アートセンター館長、介護福祉士
1962年生まれ。神戸女学院大学卒業後、コンサルティング会社勤務を経て、舞台芸術企画制作事務所を設立。舞台芸術企画制作者として、AI・HALL(伊丹市立演劇ホール)プロデューサー、大阪大学コミュニケーションデザイン・センター特任教授などを務めた。2007年からALS (筋萎縮性側索硬化症)を発症した友人の独居生活を支援する「ALS-Dプロジェクト」をコーディネート。21年から現職。

写真左:田口幹也 豊岡市大交流課参与、城崎国際アートセンター前館長
1969年生まれ。上智大学卒業後、日本IBMなどを経て起業。飲食店経営やサッカー専門紙の立ち上げにも携わる。2011年東日本大震災を機に、故郷である兵庫県豊岡市に家族で移住。肩書「おせっかい。」を名刺に書いて町おこしに関わり、豊岡市の広報・PRなどで奔走。15年同センター館長に就任、21年館長退任。現在は豊岡市大交流課参与と豊岡演劇祭のプロデューサーを務める。

組織の多様性を進めるため、自ら館長を退いた

編集部(以下、略) 東京の住まいから故郷である兵庫県豊岡市へ戻った後、田口さんがKIACの館長を務めることになった経緯を教えてください。

田口幹也さん(以下、田口) KIACは、舞台ホールと6つのスタジオ、最大22人の宿泊施設を持つアーティスト・イン・レジデンス施設です。公募制で、アーティストは最大3カ月間、滞在費無料で制作を行うことができるんです。志賀直哉などの文人にもゆかりがある城崎温泉街ということもあり、国内外のアーティストから熱い参加希望が寄せられる芸術・文化発信の地となっています。

 設立の翌年2015年に、劇作家・演出家の平田オリザさんが芸術監督に就任したのですが、平田さんが中貝市長(当時)に「田口くんに館長をやらせてみるのはどうだろう?」と推薦してくださったのです。高校時代までを過ごし、今は妻子と一緒に暮らす豊岡市の未来を考えるうえで、地方創生の戦略拠点として、優れた芸術作品を世界中に送り出すというKIACの役割に共感して館長の話を引き受けました。

―― 豊岡市は、01年から21年まで市長を務めた中貝宗治さんの強いリーダーシップの下、18年ごろからジェンダーギャップ解消を積極的に進めてきました。そうした流れの中で、21年4月、KIACでは館長に舞台芸術プロデューサーの志賀玲子さん、芸術監督に劇作家・演出家・小説家の市原佐都子さんが就任。このトップ交代は、「多様性の観点から、館長は女性から選ぶべきだ」という田口さんの思いが実現につながったそうですね。

田口 豊岡市のジェンダーギャップに関する施策の背景を説明すると、10年から15年の国勢調査を基に独自の指標で算出したとき、進学のために10代で地元を離れた人のうち、女性が豊岡市に戻ってくる比率は男性の約半分だと分かりました。「なぜ女性が故郷に帰らないのか?」を突き詰めると、地域の中に固定的な性別役割意識や男女格差が根強く残っているから、居住地として女性に選ばれないのではないかという推論に至ったんです。そこで中貝さんはダイバーシティ関連の知識を猛勉強して、18年以降、男性への育児休暇推奨や女性活躍の環境を整える施策などジェンダーギャップの解消への施策を積極的に進めていきました。

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