2011年の東日本大震災を機に、男性中心で進められていた従来の防災対応を見直す動きが広がってきました。「災害が人々に与える影響は性別によって変わります」と指摘するのは、「ジェンダーと災害」をテーマに研究活動を行う静岡大学教育学部・同総合防災センター教授の池田恵子さん。自然災害は全国各地で起こり、いつ誰が被災してもおかしくありません。予測不能な災害に私たちはどう備えるか? 22年の防災週間に、多様性の観点から日本の防災の現状と課題を考えます。
(上)災害被害にジェンダー課題が密接につながる理由 ←今回はココ
(下)防災現場に女性がいない 平常時の格差は災害時に反映
バングラデシュ「女性は男性の約5倍」災害時の死亡率に差
編集部(以下、略) 池田さんは、青年海外協力隊やJICA技術協力専門家などを経て、2000年から静岡大学で「災害とジェンダー」をテーマに研究を行っています。減災と男女共同参画 研修推進センターの共同代表として、多様な視点に立った防災体制づくりにも取り組んでいますが、地域防災に携わったきっかけは、池田さんが1992年に参加したバングラデシュのサイクロン被害調査で、男女の死亡率に大きな差があったことに衝撃を受けたからだそうですね。
池田恵子さん(以下、池田) はい。バングラデシュでは、1991年に起きた大型サイクロンのときに発生した高潮で、死者・行方不明者6万8000人以上、被災者約800万人の甚大な被害が出たのですが、死者の9割が女性と子どもだということが分かりました。中でも20代~40代で女性の死者数は男性の約5倍。当時のバングラデシュは男女格差がとても大きく、被害の拡大を生みました。
―― 被害における男女格差の主な原因は、どこにあったのでしょう?
池田 災害被害で性別による差が生まれる要因は、身体的な差異や社会規範など複数ありますが、私が注目したのは、災害が起こる前にあった、社会経済的な状況と地位の男女格差です。
イスラム教徒の多いバングラデシュでは91年当時、宗教的な慣習により男女の社会的立場がはっきりと分けられていました。性別による役割分担も固定化されていて、外に出て働き、社会に出て独立した個人として認められるのは男性。女性は家族の世話をし、自宅の周囲でできる野菜栽培や家畜飼育をして家計を助け、子どもや家財道具を守る役割でした。
意思決定権は家庭内の男性(父、夫、息子など)が握っていたことから、当時の女性たちは普段から自分で考え決断するという経験がほとんどなかった。とっさの判断で子どもたちを連れて逃げるという行動を起こせた人はごくわずかだったでしょう。
移動の自由の制限や「パルダ」という男女隔離の慣習もあったことから、周囲の人との交流も限られ、家周辺の地理感覚をほとんど持っていなかった。何より、女性は教育を受ける機会が限られ、識字率においても圧倒的な男女格差がありました 。普段は方言を使う人にとって標準語(ベンガル語)での避難勧告を的確に理解することは難しい。避難施設や避難経路、災害についての重要な情報に、多くの女性がアクセスできなかったことも大きな要因になりました。