消化器内科医で、腸内細菌や抗加齢医学に詳しい京都府立医科大学の内藤裕二教授に、腸内細菌について教えてもらう本連載。前回紹介した短鎖脂肪酸以外にも、腸内細菌がつくる有用な代謝物質はたくさんあります。今回は、腸内細菌による「胆汁酸」の代謝が、いかに私たちの健康維持や寿命に影響するかを最新研究に基づき解説します。
注目が集まる胆汁酸の腸内細菌代謝
腸内細菌の代謝作用のなかでも、内藤さんが興味を抱いているのは、腸内細菌による胆汁酸の代謝だという。
胆汁酸とは、油(脂質)を包み込むことによって、腸で吸収できるようにする、ヒトにとって不可欠な成分。「もともと肝臓で作られて小腸に分泌されるのですが、自分で作ったものにもかかわらずそのままだと毒となるため、分泌時にグリシンかタウリン、どちらかのアミノ酸をくっつけた『抱合体(ほうごうたい)』という形で分泌されます。ところが、抱合体のままでは毒性は抑えられても油を包むことができないのです」。なんとも複雑だ。
小腸で油を吸収するためにはアミノ酸を外す必要がある。ところが、「ヒトには、このアミノ酸を外すことができません。そこで助けてくれるのが腸内細菌です」。

アミノ酸を外す「脱抱合」ができる特別な遺伝子はいろいろな腸内細菌が持っている。有名なところではビフィズス菌がそう。「ビフィズス菌が健康にいいといわれるのは、整腸作用はもちろんのこと、酢酸や乳酸を作るからだといわれることが多いのですが、私はこの胆汁酸の脱抱合(だつほうごう)という役割も重要なのではと思っています」。
腸内細菌がアミノ酸を外してできた胆汁酸を「一次胆汁酸」という。一次胆汁酸は脂肪を包み込んで吸収できるようにするだけではなく、ヒトの体にシグナルを送っているとされる。「その中で、今、最も注目されているのが末梢(まっしょう)型の体内時計の遺伝子を活性化する作用です」。
私たちの体には、脳がリズムを制御する中枢型の体内時計と、腸や肝臓といったそれぞれの組織にある末梢型の体内時計があり、その2つの体内時計のリズムがうまくシンクロしているからこそ体内時計は整う。ところが、「お腹の調子が悪くなるなどして胆汁酸のグリシンやタウリンを外すことができなくなると、末梢時計が狂うといわれている。朝、光を浴びて中枢の時計をちゃんと動かしても、調子が悪くなったりするんです。私は、この胆汁酸の抱合・脱抱合反応が、もっとほかの面でも健康に関係しているのではないかと思っています」と内藤さん。
「腸内細菌がいることで体内時計がきちんと動くようになるなんて、よくできていますよね。腸内細菌自体は体内時計を持っていないんですよ」。
腸内細菌が胆汁酸を抗炎症薬に変える
胆汁酸は、できるだけ大腸には流れ込まないようになっていて、95%以上が小腸で再吸収される。「再吸収された胆汁酸は、また肝臓に戻ってリサイクルされるのですが、食物繊維などにくっついて一部が大腸に流れていってしまい、これを大腸の腸内細菌が二次胆汁酸というものに変えます。二次胆汁酸がまた変化すると三次胆汁酸ともいわれるウルソデオキシコール酸ができるのですが、この成分は、「ウルソ」という肝臓の炎症を抑える薬に使われています。熊の胆汁から作られる生薬『熊胆(ゆうたん)』の薬効を起源に薬として開発されたものです。古くから胆汁酸の代謝物が肝臓にいいことは知られていたのですね」。