腸は脳と密接なつながりを持っています。ストレスでお腹が痛くなったりお腹を下したりするのはよくあること。このように脳と腸がお互いに影響を与え合うことを「脳腸相関」といいます。
前回に引き続き、腸内細菌や抗加齢医学に詳しい京都府立医科大学の内藤裕二教授に脳腸相関について教えていただきます。腸の状態や腸内細菌のバランスは脳の病気にも影響します。近年の研究からパーキンソン病やうつ病と腸内細菌の関係も少しずつ明らかになってきました。
パーキンソン病は腸から発生する
今年6月、特定の腸内細菌の存在がパーキンソン病の発症や進行スピードに関与すると名古屋大学が発表した。同大学院医学系研究科の大野欽司教授らの研究で、パーキンソン病患者165人を2年間追跡して腸内細菌叢と症状の進行状態の関連を見たところ、発症初期から腸内に短鎖脂肪酸産生量が少ない患者または、腸管上皮を覆う粘液成分ムチンの分解菌であるアッカーマンシア属が多い患者ではパーキンソン病の進行スピードが速いことが明らかになったという(*1)。
パーキンソン病とは、脳の神経細胞にαシヌクレインというたんぱく質が異常凝集することによって引き起こされる神経変性疾患だ。
「なぜ脳内の異常たんぱく質の増加に、離れた所にある腸が関係するかと思うかもしれませんが、実は、パーキンソン病の発症は、『脳由来』と『腸由来』の2パターンあり、半数以上が腸由来なのではないかといわれています。その発症メカニズムは、腸内でできた異常凝集したたんぱく質が、腸管にある神経叢から迷走神経を通って脳に輸送されるというものです。神経は刺激などを電気信号として伝達するだけと思っている人も多いと思いますが、実は、腸内の物質を消化を介さず脳まで届けることができます。狂牛病で話題となったプリオンたんぱくも同様のルートで脳の神経細胞まで運ばれて沈着することが明らかになっています」と内藤さんは説明する。

同研究チームは、2020年に5カ国のパーキンソン病患者の腸内細菌データを集めて解析分析を行い、パーキンソン病患者の腸ではアッカーマンシア属の菌が増えていること、フシカテニバクター属、フェカリバクテリウム属、ブラウティア属の3種の短鎖脂肪酸産生菌が少ないということを報告している(*2)。今回の調査はそれらの菌がパーキンソン病にどう関与しているのかを調べたもので、病気の初期からこれらの菌の変化がある場合、進行スピードが速いことが明らかになった。この背景には2つの可能性があると考えられている。ひとつは、短鎖脂肪酸の減少で神経に炎症が起きやすくなり、たんぱく質の異常凝集につながるというもの。もうひとつは、アッカーマンシア属の増加により腸管透過性が高まり、腸管神経叢におけるたんぱく質の異常凝集につながるというものだ。
「腸とパーキンソン病の関係については古くから知られています。パーキンソン病の発症前に腸に症状が出ることや、手術で迷走神経を切断すると発症が少なくなることが経験から知られていたからです」(内藤さん)。そこに腸内細菌がどう関わっているかが徐々に明らかになってきたというわけだ。
「パーキンソン病の早期段階では、便秘、うつ、睡眠障害、嗅覚症状が見られることが多いのですが、そういった症状も、腸で作られたたんぱく質の異常凝集による神経への影響によるのではないかと考えられています」(内藤さん)。腸内細菌バランスがその進行に影響しているというのが確かであれば、腸内環境の改善で進行を食い止めたり、発症そのものを防ぐことも可能になるかもしれない。
「この研究で私が興味を引かれたのは、ドイツと日本では差が見られなかったものの、ほかの3カ国の調査では患者の腸で、ロゼブリア、フェカリバクテリウム、ラクノスピラという菌が少なくなっていたことです。この3つの菌は、我々が京丹後地域で行っている長寿者研究『京丹後コホート』で、健康に長生きしている高齢者の腸に特徴的に多かった菌でもあるからです。やはりこれらの菌が健康維持に関与しているのかもしれません」(内藤さん)。