「がんと闘わない」とわたしが心に決めたワケ
わたしが使った抗がん剤は、シスプラチンでした。白金(プラチナ)を使った抗がん剤だと聞いて最初は「ふふ、わたしはプラチナ入りの女よ」とリッチな気分にもなりましたが、すぐにそんな余裕は消えうせたのです。
抗がん剤の点滴をしている時間は3時間ほどでした。その間、がん患者は何を考えて過ごすのでしょう? わたしの場合は、体の中のがんに向けて「元気な細胞に戻ろうね」と心の中で唱えていました。ええ、3時間ずっと念仏のようにです。ちょっとした修行僧ですね。
自分ががんだと知ったとき、わたしには1つ、決めたことがありました。それは「がんと闘わないこと」。闘病! がんに勝つ! 負けない! そういう気合も否定はしません。
ただ、わたしにはしっくりこなかったのです。
だって、がんってもともとは正常な自分の細胞です。がんは、新陳代謝で細胞がコピーされるときにミスコピーでできると言われています。つまりワケあって変異し、暴走を続けてしまっている自分自身。そう思うと「倒してやる」とか「がんを殺す」という気持ちには、とてもなれませんでした。
自分の生活習慣が悪かったために、自分の体をいじけさせてしまった。わたしはそう思って、体を隅々までさすっておわびをしました。「無理させてごめんね」「酒ばっかり飲んでごめんね」「ぜんぜん寝ないでごめんね、疲れてたよね」
そして体に誓いました。「もう無理はしないから安心して」「野菜も食べるよ」
この自分を想うひとときは、静かで温かく優しいものでした。がんに負けない、と力が入っているときよりきっと、優しい気持ちでリラックスしているときの方が、良い結果に結びつく。そんな確信のようなものがありました。
こうして、わたしの心と体がベッドの上で反省会を繰り広げているとき、息子のふぅの面倒をひとりでみてくれたのは夫でした。
夫は普段からミッキーマウスや、ばいきんまんなどの声マネをしてよく息子を笑わせていました。絵本を読むときも登場人物になりきって、おじいさんならおじいさんっぽい声で、子どもなら子どもっぽい声でセリフを読みます。
ある日、夫が息子に絵本を読んでいるのを聞いていると、聞き慣れない言葉が。かぐや姫の高い声で「こんつきの〜、まんつきの夜に月へ帰らなければなりません」。こんつき? まんつき?
しばらく分かりませんでしたが、あ、もしかしてそれは……「今月(こんげつ)の満月(まんげつ)の夜に」では??? 夫は半分、寝ながら読み聞かせしていました。家族もヘトヘトです。
※続きは近日公開予定です。
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構成・文/たむらようこ イラスト/八谷 美幸