目の前のことが救ってくれることもある
私の知り合いで、災害で夫と子どもを亡くしてしまった女性がいます。3人家族で彼女一人が残され、私は彼女がどうかなってしまうのでは、と心配でたまらなかった。それで彼女を誘い出して食事をしたり、どこかへ出かけたりとお付き合いを続けてきたのですが、一緒に時間を過ごしていく中で、「ああ大丈夫だ、この人は」と確信しました。
彼女は翻訳の仕事をしていて、家族を失ったとき、ちょうど大好きなアーティストの本を仕上げている最中でした。だから、つらくて悲しくて何も手につかないようなときも、コツコツと翻訳だけを進めていたんです。プロですから、締切までに納品する義務がある。やるべきことがあったこと。これが、彼女を救いました。コツコツとルーティーンをやること自体が薬にもなり、翻訳が仕上がれば達成感も得られた。そんな彼女の姿に教えてもらいました。
以来、自分でも余裕がないとき、つらいとき、苦しいとき、不安なとき、行き詰まったとき……そんなときには目の前のやるべきことだけに集中しよう、と心がけるようになりました。
文/平林理恵 写真/鈴木愛子