企業や自治体の広告が炎上を招くケースがあります。しかし、必ずしも「差別的な表現」が理由とは限らず、一見すると「多様性に配慮した、正しいメッセージ」なのに炎上してしまう広告も。なぜこんなことが起きるのか。最前線で広告表現に携わるクリエイティブディレクター、辻愛沙子さんに聞きました。
日経xwoman編集(以下、――) 近ごろ炎上した広告を見ると、広島県が働く女性向けに制作したハンドブックが仕事と家事の両立を「よくばり」と表現したような、明らかにNGな表現とは限りません。正しいメッセージで、一見良いことを言っているのに非難を浴びてしまうケースも見受けられます。例えば、昨年、ある大手不動産会社が、「『女性初』が、ニュースなんかじゃなくなる日まで。」というジェンダー平等を謳った広告を出したところ、たちまちSNS上で批判の声が噴出しました。なぜこうしたことが起こるのでしょうか。
辻愛沙子さん(以下、辻) そもそも大前提として、なぜ今、広告の炎上が増えているのか。その背景には2つの理由があると思っています。1つは企業のステークホルダー(当事者)が増えたことです。以前なら、広告を出している商品やサービスのユーザー、取引先、株主、従業員とその家族くらいまでがステークホルダーとされてきました。しかし、SNSの台頭やメディアの力により、以前はその商品やブランドに触れることのなかった、ユーザーではない一般の人たちにも情報が届きやすい時代になった。つまり、これまで「外側にいる」と位置付けられてきた人たちも、「当事者」として見ていく必要が出てきている、内輪ノリが通用しない時代になっているのだと思います。

―― 広告ターゲットでない人も含めて、広告のステークホルダーと捉えるべきだと。
辻 言葉の使い方が難しいのですが、ブランドの当事者として、幅広いステークホルダーの目線や声、感じている痛みに目を向けた上でコミュニケーションを考えるべき時代なのではないかなと感じます。一方で「炎上するのは時代が変化したから」という声もありますが、これまでそうした声が噴出しなかったのは、差別的な表現に傷ついている人の声が可視化されていなかっただけでしょう。
この不動産会社の広告は、ひとり暮らしの女性をサポートするサービスの宣伝として掲載されたものです。アメリカでカマラ・ハリスさんが初の女性副大統領に就任したタイミングに合わせて公開されました。女性が当たり前に活躍できる社会を求めるメッセージ自体はポジティブなもので共感できますし、言っていることも正しい。では、なぜ炎上したのか。