世界の舞台で戦うトップアスリートの栄光の裏には挫折があります。プレッシャーや失敗といった立ちはだかる壁にどう立ち向かい、乗り越えてきたのでしょうか。ネガティブな感情から抜け出せるヒントをアスリートの行動から学ぶシリーズを全3回でお届けします。今回は、パラリンピック水泳100m平泳ぎ4位の伊藤真波さんです。

逆境越えFILE3 絶望&不安を克服

20歳時の事故で右腕を失う。
「夢を諦めたくない」思いで看護師とアスリートを両立
伊藤真波さん(35歳)

1984年静岡県生まれ。20歳のとき、交通事故で右腕を失う。失意のどん底から家族や仲間のサポートで不安や葛藤を乗り超え、看護師の道に進む。同時に北京・ロンドンパラリンピック水泳日本代表やバイオリン演奏などに前向きにチャレンジ。現在は2人の子供を育てながら講演・演奏活動を行う
1984年静岡県生まれ。20歳のとき、交通事故で右腕を失う。失意のどん底から家族や仲間のサポートで不安や葛藤を乗り超え、看護師の道に進む。同時に北京・ロンドンパラリンピック水泳日本代表やバイオリン演奏などに前向きにチャレンジ。現在は2人の子供を育てながら講演・演奏活動を行う

 「右腕を切断したとき、仕事も恋愛もできなくなると絶望しました。障がい者にそんな偏見を持っていた自分にも落ち込んだ。看護師を目指していたのに」。そう話すのは、20歳のときにバイク事故で右腕を失い、水泳パラリンピック選手として活躍した伊藤真波さん。

 閉じた彼女の心が再び開き始めたのは、障がいを抱えても明るいリハビリ仲間や、彼らに薦められて読んだ車椅子バスケットが題材の漫画。前を向く気力をもらい、1年後に看護学校に復学。水泳を始めたのもこの頃から。