「私だってウクライナにいとこたちがいる」

 モスクワに住む筆者の友人の美容師は、突然ウクライナ人の顧客を失った。ロシアのウクライナへの軍事展開を非難され、ひどい言葉を浴びせられたと言う。友人の父親はウクライナ人であり、友人はショックをうけていた。「その顧客はモスクワに住んでいるウクライナ人なの、昨日まで仲良くしていたのに。そして、私だってウクライナにいとこたちがいるのよ」と。

 ロシア人女性でも、日本でも有名なフィギュアスケーターのエフゲニア・メドベージェワのように、自分のインスタグラムで反戦のメッセージを流している人もいる。ジャーナリストの女性で、インスタグラムのストーリーズにウクライナ人の友人の写真をあげ「私の心はあなたたちと共にある」と書いている人もいる。

女性デーの始まりは、女性労働者のデモ

 31年前まで旧ソ連の一員であったウクライナとロシア。共通の文化や習慣を有し、労働において女性の権利が確保されてきた。

 国際女性デーの始まりは、1908年3月8日、米国ニューヨークにおいて、女性労働者が待遇改善を訴えたストライキだといわれている。 旧ソ連諸国においては、ロシア革命直前の1917年の3月8日(当時のカレンダーであるユリウス暦では2月23日)、当時のロシア帝国の首都ペトログラード(現サンクトペテルブルク)で、女性労働者を中心とした大規模なデモが起こった