作品を通してジェンダーというテーマに真正面から取り組む映画監督の山戸結希さん。『溺れるナイフ』『21世紀の女の子』などでメガホンを取り、2021年4月にはテレビドラマ『生きるとか死ぬとか父親とか』のシリーズ構成・監督も務めた。前回のインタビュー「山戸結希 女性という枠ではなく個性を評価されるために」からの変化は? 映像作品を取り巻く環境は? などを改めて聞いた。(取材は日経xwoman編集部と、映画やジェンダー問題に詳しいフリー編集者の平岩壮悟さんが行いました)

【山戸結希さんインタビュー】
(上)山戸結希 経済的・精神的に自立した女性を描きたかった ←今回はココ
(下)山戸結希 「責任を取ることへの恐怖」が女性を襲う

経済的・精神的に自立した女性のロールモデル

「ジェーン・スーさんは、経済的にも精神的にも自立している女性のロールモデルの一人」と語る山戸さん
「ジェーン・スーさんは、経済的にも精神的にも自立している女性のロールモデルの一人」と語る山戸さん

日経xwoman(以下、──) 4月のテレビドラマ撮影では、どのように作品選びをしたのでしょうか。

山戸結希さん(以下、山戸) 企画当初は、テレビ東京のプロデューサー佐久間宣行さん(現在はフリーのTVプロデューサー)との打ち合わせからスタートし、ドラマ化の原作候補として、漫画や小説などあらゆる作品をお互いに出し合う時間が続きました。

 その雑多な読書の中で、ジェーン・スーさんのエッセイ『生きるとか死ぬとか父親とか』が俎上(そじょう)に載せられ、読んでみたら、筆致(書き方)が素晴らしいと思いました。あらゆる仕事を経験しながら、女性のロールモデルとして輝いている方である、そんなスーさんの輝きも含めて物語世界に“輸入”しながら、現在的なドラマ作品として成立させてみたいという思いが生まれました。

平岩壮悟さん(以下、平岩) 原作を読んだときの感想を教えてください。

山戸 スーさんの自分自身の家族を物語る際の距離感が際立っているという感想を持ちました。「父の像」を不当にゆがめない意志の強さ、誠実さ。何が起きたかではなく、どう語るのかという語り口のほうに、スーさんの書き手としてのシビアさを感じました。

── 自ら働く娘が、父親の生活費をすべて持っているという構図は、これまでのドラマではあまり見たことがなかったように思います。

山戸 経済的な自立と精神的な自立。そして、それを自らの物語として伝える力が、スーさんにはあるのだと思います。単に事実を羅列するのではなく、そこから普遍的なメッセージを届けることができる。

 もしかしたら、親やきょうだい、親族を経済的に支援している、スーさんと似た境遇を経験している人は決して珍しくないのかもしれません。しかし、その経験を整理することは非常に困難ですよね。さまざまな出来事や感情をエッセイとして他者に開示するまでに、相当の覚悟、勇気、思いやりが必要になったのだと思います。

ドラマ「生きるとか死ぬとか父親とか」の原作は、ジェーン・スーさんの同名のエッセー集。スーさんをモデルにした主人公・トキコが自分を評して言う、「人生の酸いも甘いもつまみ食いのコラムニスト」とは、スーさんが自分を語る際に使う言葉でもある。写真・左がトキコを演じる、吉田羊さん。右が、昔は羽振りがいい時代もあったが、今はすっからかんの父親、哲也を演じる國村隼さん。トキコは父親の生活費をすべて賄っている(C「生きるとか死ぬとか父親とか」製作委員会)
ドラマ「生きるとか死ぬとか父親とか」の原作は、ジェーン・スーさんの同名のエッセー集。スーさんをモデルにした主人公・トキコが自分を評して言う、「人生の酸いも甘いもつまみ食いのコラムニスト」とは、スーさんが自分を語る際に使う言葉でもある。写真・左がトキコを演じる、吉田羊さん。右が、昔は羽振りがいい時代もあったが、今はすっからかんの父親、哲也を演じる國村隼さん。トキコは父親の生活費をすべて賄っている(C「生きるとか死ぬとか父親とか」製作委員会)