世界の最先端を体感できる都市、ニューヨーク。この街でビジネス・コンサルタントとして活躍する渡邊裕子さんが、米国から見た日本をリポートします。今回は、自民党総裁選から岸田新内閣誕生までの出来事が、米国からどのように見えたかについてです。

(上)米国は岸田新政権の中に「女性活躍」を見たか
(下)米国から見た日本 首相候補は「性別が女性」ならいいのか ←今回はココ

「自民党総裁選に2名の女性が立候補」は女性活躍にプラスなのか

 自民党総裁選に女性が立候補するのは、2008年の小池百合子・現東京都知事以来だ。さらに女性2人が立候補したのは史上初ということで、日本でもかなり話題になったと思う。

 候補者4人のうち女性が2人ということで、日本のメディアでは「男女同数の候補者」という言い方がしばしばされていたと思うが、男女同数は男女平等(に近づいた)と捉えるべきなのだろうか。私は、これは表層的かつ安直な捉え方だと感じた。数も大事だが、考えるべきは、本当に日本の女性活躍にとってプラスになっているのかだ。

 森喜朗元首相の「わきまえている女性」という女性蔑視ともとれる発言以来、「わきまえない女」という言葉が一気に広まったが、高市早苗氏を見ていると、「わきまえる女」、つまり既得権益層の男たちにとって都合のいい女の典型ではないかという気がする。

 夫婦が別の姓を名乗ったら家族が崩壊すると言い(自分自身は結婚している間も旧姓を使っていたにもかかわらず)、従軍慰安婦問題はじめ日本軍の戦時の暴力は誇張されていると主張し、女性の人権については健康などの一部の問題を除き、ほとんど意味のある発言をしない。

 高市氏は、キャリアの初期にはもっとリベラルな立場をとっていた。それが、近年になって明らかに保守化している。なぜか。男性が支配する社会の中では、彼らの世界で主流とされる価値観に自分を合わせ、わきまえない限り、女性は権力に近づくことができないからではないだろうか。

高市氏は、キャリアの初期にはもっとリベラルな立場をとっていたが、近年は明らかに保守化した(写真 代表撮影/ロイター/アフロ)
高市氏は、キャリアの初期にはもっとリベラルな立場をとっていたが、近年は明らかに保守化した(写真 代表撮影/ロイター/アフロ)

 逆の例が稲田朋美元防衛相だろう。かつては安倍晋三の秘蔵っ子と言われ、もっとも首相の座に近い女性議員と呼ばれた彼女は、最近になってリベラルな発言が増え、それと共に主流派から外された感がある。

 米国の報道では、高市氏のタカ派ぶり、保守的な政治信条や政策案にフォーカスした記事が目についた。

 21年9月20日のニューヨーク・タイムズは、「ある強硬保守派が、日本初の女性首相の座を狙っている:もし高市早苗氏が勝てば、日本にとっては一つの節目となるだろう。しかし、一部フェミニストたちは、そうならないことを願っている」と題した記事を出し、同志社大学の浜矩子教授のコメント「彼女(高市氏)が、日本が女性たちにとって生きやすい社会になったことの輝かしい例として祭り上げられたりしたら、それは起こり得る最悪の事態です」を紹介した。