国の目標が「2020年までに指導的地位に女性が占める割合が少なくとも30%程度」だったにもかかわらず、21年度の雇用均等基本調査(厚生労働省)では、課長相当職以上の管理職に占める女性の割合は12.3%にとどまり、女性の管理職登用は課題です。そんな中、自分の目標とするキャリアを築き、課長として活躍する女性たちは、どのような思いで仕事と向き合っているのでしょうか。今回は、三井不動産のライフサイエンス・イノベーション推進部のラボ&オフィスグループでグループ長を務める足立千尋さんに話を聞きました。
2002年4月 早稲田大学商学部卒業。三井不動産に入社し、ビルディング本部オフィスマネジメント二部(現・三井不動産ビルマネジメント)に配属
2004年10月 三井不動産ビルマネジメントに出向
2006年4月 三井不動産に戻り、情報システム部(現・DX本部)システム企画グループに異動
2009年4月 長期トレーニー制度にて米国現地法人に異動
2011年4月 帰国。三井不動産に戻り、ビルディング本部ビルディング事業一部事業グループに異動
2017年4月 三井不動産レジデンシャルに出向
2021年2月 産休・育休
2021年12月 復職(三井不動産レジデンシャル)
2022年4月 三井不動産に戻り、ライフサイエンス・イノベーション推進部ラボ&オフィスグループに異動。グループ長(課長相当職)に就任
【家族構成】夫、娘(2歳)、柴犬
「この分野に詳しい」の強み欲しいと異動を希望も
人が集まる場所や街をつくることに憧れがあり、三井不動産に入社しました。入社後はビルディング本部に配属となり、賃貸物件の運営管理や営業のサポートに従事。途中で組織自体が子会社に移管されて出向という形態に変わりつつも、4年間同じ場所で仕事の基礎を学びました。
当社は4~5年単位でジョブ・ローテーションがあります。2006年には情報システム部でバックオフィスの業務を経験し、09年からの2年間は長期トレーニー制度を利用して米国現地法人で見習いとして現地の実務を担当。2年目は取引先である物流のデベロッパー企業に出向しました。
11年に帰国し、オフィスビルや街の開発を手掛けるビルディング本部ビルディング事業一部事業グループに異動。そのまま現地駐在するという選択肢もあった中で帰国を希望したのには理由があります。米国での経験の中で、自分には「この分野に詳しい」という強みが欠けていることに気づいたのです。私は、街づくりをより深く学びたいと思い、ビルディング本部への異動希望を出しました。
配属先では東京・室町エリアの再開発プロジェクトの一員として行政、地権者といった利害関係が異なる人々と関わり、交渉を重ねながら、プロジェクトを進めていきました。
17年にグループ会社に出向。分譲マンション、オフィス、商業の複合再開発に携わり、産休直前まで現場で仕事をしていました。21年に10カ月の産休・育休を取得して、その後同じ部署に復職。22年に出向元に戻り、コミュニティ構築、場の整備や資金の提供を通してライフサイエンス領域におけるイノベーション創出を支援するライフサイエンス・イノベーション推進部ラボ&オフィスグループのグループ長(課長相当職)に就任しました。
管理職昇進で2つのモヤモヤ
振り返れば、上司は折に触れて「いずれはグループ長を任せたい」と言ってくれていました。ただ、そのときの私は将来の管理職昇進を自分ごととして考えていませんでした。グループ長になりたいという希望もなかったほど、不動産の仕事の現場の「手触り感」が好きだったのです。
そのため辞令が出たときは驚き、同時にモヤモヤ感も抱きました。モヤモヤは大きく2つありました。