2020年度、課長相当職以上の管理職に占める女性の割合は 12.4%でした(厚生労働省、雇用均等基本調査)。2019年度の11.9%から0.5ポイント上昇しましたが、まだまだ女性の管理職登用は課題です。そんな中、東証1部上場企業には、自分の目標とするキャリアを築き、課長として活躍する女性たちがいます。どのような思いで仕事と向き合っているのでしょうか。今回は、村田製作所の技術・事業開発本部新規技術センター先端技術研究開発部で働くシニアマネジャー・田上三花さんを紹介します。

田上三花(たがみ・みか)さん 47歳
田上三花(たがみ・みか)さん 47歳
村田製作所 技術・事業開発本部新規技術センター 先端技術研究開発部 シニアマネジャー
■シニアマネジャー(管理職級)昇格は、入社22年目、45歳
【略歴】
1998年 慶応義塾大学理工学研究科化学専攻修士課程 修了
1998年 村田製作所入社、技術開発本部第2開発グループ材料開発部配属
2001年 約2年間、応用に近い多層基板開発に参加し、印刷技術開発などを担当
2009年 新規ビジネスの立ち上げ部門に異動
2011年 係長昇格
2013年 第1子出産、産休・育休取得(約1年)
2017年 関わっていた実用化プロジェクトが解散、技術・事業開発本部マテリアル技術センター応用材料開発部に異動
2017年 第2子出産、産休・育休取得(6カ月)
2019年 シニアマネジャー昇格

【家族構成】
夫と息子(7歳)、娘(3歳)の4人家族

「ものづくり」の面白さがモチベーションに

 大学院では化学を専攻していました。研究はパソコンの前に座って行う理論計算でしたが、将来はものづくりに関わりたいと思っていました。電子部品の世界に憧れて村田製作所に就職。念願だった、0から1を生み出す基礎的な分野、材料開発に携わることになりました。途中、約2年間は多層基板開発に関わるなど、入社から12年は技術者として仕事に従事しました。この頃の経験は、今も私の基盤となっています。

 2009年、初めて研究開発ではない仕事を手掛けることになりました。新規事業を立ち上げる部署が新設されることになり、声を掛けてもらったのです。新しい分野を開拓することがその部署のミッションで、責任を持つ代わりに、かなりの裁量が与えられました。新部署では、材料開発出身ということから、会社の持つ技術を使って新規事業を立ち上げようと奔走し、異分野のヘルスケアや美容に使えないかということまでやりましたが、うまくいかず心残りでした。

 プロジェクトは2013年に一区切りつきました。そのあと産休・育休を経て、2014年に開発グループの係長として復帰しました。この仕事はなかなかハードなものでした。まず、作るもの自体が私自身になじみがない分野のもので、専門知識でリードできないのは初めて。新規事業部門とは全く異なるメンバーで、関わる人数は10人以上になり、開発の進行そのものとマネジメントの仕事が一気にのしかかってきました。さらに子育てのため、仕事時間が限られていて、自分の頑張りだけでリードすることもできない……。つらい体験でした。

 そんな中でも、モチベーションとなったのは「ものづくり」の楽しさです。プロジェクトでは製品開発を任されましたが、作る技術も装置もない状態で、半年間は良品率ゼロ、生産数は桁違いに足りない状態が続きました。しかし、可能性ゼロから始まり、メンバー同士であらゆるアイデアを出し合って試行錯誤していく中で、だんだん事業としての可能性が6割、7割といったふうに伸びていく面白さたるや。関わる人数が多く、取りまとめるのがつらかったけれど、みんなで進めていく高揚感がありました。

 製品の量産を目指して進めてきましたが、ビジネスとしては採算が厳しいという判断が下され、2017年にプロジェクトは中止となり、チームは解散。開発を頑張ってきたので、仲間に申し訳ない気持ちが今でも残ります。また、開発だけではビジネスにならないことを実感しました。悔いが残る中、材料開発部門に再度異動することになりました。