居場所がなければ読書に逃げたっていい

——当時は自己肯定感みたいなものを持てなかった?

池上 それはもう全然持てなかったですよ。不安で不安でしょうがなかった年頃です。

増田 池上さんの青春時代は学園紛争が一番激しかったころですよね。

池上 大学に入っていきなりストライキで、入学してから数カ月間、授業も何も全くありませんでした。友人ができる前でしたから、今回のコロナ禍で学生たちが置かれているのと似た状態だったと思います。ひたすら孤独で本を読んでました。つらい体験でしたけれど、長い人生の中で孤独とじっくり向き合えたのは貴重な経験だったなと今になれば思います。

 だから、学生たちにも、孤独をそのまま受け止めるんじゃなくて「この経験で自分は成長するんだ」とか、少し違う見方もするといいよと伝えています。

増田 私が学生だとしたら、「なかなかそんなふうに頭でうまく理解できない」って思ってしまうかも…。すみません。

——増田さんも孤独と向き合う時期がありましたか?

増田 中学のときに母親が離婚、再婚。兄と弟がいましたが、寂しさを感じることは多かったです。25歳でその母親が亡くなったときはもう絶望なんて言葉では表現できない孤独を味わいました。「生きていてもしょうがない」って思ったことは何度もありました。救いは、母親の亡くなった年にNHKでリポーターの仕事を始め、取材をとおして、いろんな人生を送っている方たちと出会えたことです。

 孤独なときって、つい恵まれている人とか自分より能力が高い人ばかりに目が行って、「どうして自分だけ」って思いがちですが、いろんな経験をして、いろんなふうに頑張っている人が世の中にはいると知ったことの意味は大きかったですね。ありきたりなんですけど、自分だけが苦しいわけじゃないって思えるか思えないかは大きいと思います

池上 人との出会いが救いになるってありますよね。私はNHKの社会部で警視庁の捜査1課担当記者時代、「夜回り」といって毎日深夜に刑事の自宅を訪れて取材する仕事があって、先輩から「キツイ仕事だから、ネタは取れなくてもゆっくり話をしてくれてくつろげる場所を見つけろ」と言われました。実際、捜査1課のデカにしては珍しく、感じのいい優しい人がいて、家に上げてくれて、いろんな話をしてくれて。時々その人の家に行きましたね。行き詰まったときの逃げ場とか、くつろげる場所があるって大事なことだと思いますね。

現実が厳しいとき、人には逃げ込める場所が必要です(池上彰さん)

増田 何か、モノを作るのもいいと思います。私は20代後半で体調を壊して1年休職したとき、料理研究家の藤野真紀子さんの本に載っているレシピを見ながら、毎日のようにひとりでお菓子を作っていました。ケーキを焼いている間は余計なことを考えないし、モノを作るってすごく癒やされるんだなと感じました。例えば編み物とか、自分が無心になれることを探すのもいいかなと思います。

体調を崩して休職中、私はお菓子作りで救われました(増田ユリヤさん)

池上 落ち込んだときは無理に人と接しようとか思わなくていいよね。

増田 インスタとか見たら「みんなは幸せそう」なんて思って落ち込んじゃいますからね。