カリコ博士の研究の重要性に気づいた製薬会社

── もし彼女がそこで研究をやめていたら、今の私たちはより過酷な状況にいたのかも……。

増田 冷遇が続くなかで、カリコさんと共同研究者は、08年には現在の新型コロナワクチンにつながる手法を見つけ、特許を出願します。このときも大学の知財担当者は「これのどこが優れているのか」と全然乗り気じゃなかったそうですよ。カリコさんが担当者の頭を見てふとひらめき、「mRNAで髪が生えてくるかもしれないわ」と言ったら乗り気になってくれたという話も聞きました。

池上 臨機応変(笑)。彼女の研究の重要性に気づく企業が現れたのはそこから5年後、13年のことですね。

カリコ博士の2つの発見【1】mRNAが体内に入ったときに炎症反応を引き起こさないようにした【2】mRNAを脂の膜で覆って安定させた
出典:『世界を救うmRNAワクチンの開発者 カタリン・カリコ』を基に編集部が作成

増田 ドイツの製薬会社「ビオンテック」です。トルコ系移民の2人が08年に創業したベンチャー企業で、新たながん治療の開発を目指してmRNAの研究を続けていたCEOがカリコさんの講演を聞き、その場で仕事のオファーを出した。ビオンテックに移籍する彼女を同僚は「そんな小さな会社に行くのか」と笑ったそうですよ。

池上 そのビオンテックが、アメリカのファイザーとともに新型コロナウイルスのワクチンを作ったのですからね。彼女の研究が素晴らしいのは、mRNAの技術はコロナワクチンにとどまらず、さまざまな病気の治療や治療薬につながること。iPS細胞の山中教授とはお互いに尊敬し合う仲です。

── ようやく長年の苦労が報われたのですね。

増田 今回のパンデミックがなければ彼女が注目されることはなかったでしょう。でも彼女は、「有名にならなくてもいい。パンデミックは起こらないほうがよかった」と言っていました。不屈の精神の根底には患者を治療したいという純粋な思いがあるのです。

【池上さん】不遇の時代も途切れない、研究への情熱に感動しますね【増田さん】根底には患者さんに薬を届けたいという思いがありました
長年の苦労が報われたものの「パンデミックは起こらないほうがよかった」とカリコ博士は話したそうです

構成/安原ゆかり 取材・文/中城邦子 写真/窪徳健作(池上さん、増田さん) イラスト/鈴木衣津子