唯一無二の存在感と枠にはまらない演技力で見る人を引き付ける魅力を持つ俳優・片桐はいりさん。初舞台を踏んでから約40年。自身は「低空飛行のキャリアを、しれっと続けてきた」と振り返ります。本連載では、個性を育んだバックグラウンドや、ロールモデルなく歩んできたキャリア、40代で経験した両親の介護、60歳を迎えて見えてきた景色について聞いていきます。

(1)片桐はいり 低空飛行で40年続けてきた俳優人生は誇り ←今回はココ
(2)片桐はいり 女性役にバリエーションが少ないのはなぜ?
(3)片桐はいり 10年超の親の介護経て興味が体に向いた

急上昇も急降下もなく歩んできたキャリア「よくやった、私」

編集部(以下、略) 片桐さんは18歳で演劇の世界へ。舞台やテレビドラマ、映画などで幅広く活躍してきました。40代以降も変幻自在の役をこなし、2021年には58歳で連ドラ初主演、近年も話題作への出演が続いています。約40年のキャリアを振り返り、今思うことは?

片桐はいりさん(以下、片桐) 振り返ると俳優としての私のキャリアは、どこかでドカンと人気が出て急上昇したわけではなく、かといって急降下することもなく続けてきました。ほぼ偶然のような始まりでも40周年を迎えたのだから、自分でもすごいと思っています。

 そもそも私には女優になりたいという発想自体がなくて、俳優になってからも「俳優になんてなるつもりはなかった」が口癖だったくらいです。だって、特に昔は「女優さん」と呼ばれる人は誰が見てもきれいと言われるような“選ばれし存在”を指すものだったから。今の人は「片桐はいり枠なら映画に出られるかも!」なんて言いますけど、当時はそんな枠ありませんしね(笑)。それがどういうわけか芝居をして、演技の世界に入っていったんですから本当に不思議です。

片桐はいり 俳優
片桐はいり 俳優
1963年東京都生まれ。大学在学中に劇団に参加。舞台やテレビ、映画などで活躍の幅を広げ、映画『かもめ食堂』(2006年)、NHK朝ドラ「あまちゃん」(13年)「とと姉ちゃん」(16年)「ちむどんどん」(21年)など多くの話題作に出演。映画への愛情をつづったエッセー『もぎりよ今夜も有難う』(幻冬舎文庫)は第82回キネマ旬報ベスト・テン読者賞受賞。23年のドラマ「大奥」(NHK総合)では難病の治療に尽力する医師役として出演した

―― 以前テレビ番組の出演時に、自身のキャリアを「低空飛行」と表現していたのが意外でした。

片桐 「低空飛行」というのは、謙遜したわけではないですよ。低速では飛べず、何かに衝突する可能性もある。俳優の仕事で、皆さんから忘れられない程度に、落ち切らないところをキープするのはかなりの体力が必要で簡単なことじゃないですよ(笑)。競争の激しい世界で長くこの位置に居続けることができたことを、「よくやったな、私」と思っています。私が若手だった頃は“個性派”に分類される俳優さんはごく限られていましたし、いたとしても雲の上のような存在。ロールモデルになるような俳優さんはいなかったんですよね。

―― 今では、独自の存在感を放つ俳優となった片桐さん。個性豊かな役どころは意識的に選んでいるのですか?

片桐 いえ、自分で選んではいないですね。私にとって、俳優という職業は「いただいた仕事がすべて」だと考えています。そのときに来た球をテニスのラリーのように打ち返しているイメージで、いただいた役柄に対して「どう演じたら面白くなるか?」に必死で向き合ってきました。「こういう役をやりたい」と自分からチャンスをつかみにいく人もいるでしょうが、私はそういうタイプではなく、いただいた役をどう面白くやるかに全力を注ぐことで、俳優として生き延びてきたんだと思います。