2019年に結成した「ぼる塾」。当時育児休業中だった酒寄希望さんは、飛ぶ鳥を落とす勢いの「3人のぼる塾」の姿を見て、「自分なんて必要ない」と思い詰めてしまったと言います。そこから何を気付き、どういう自分でありたいと心に決めたのか。酒寄さんが、30代で「やめたこと」「始めたこと」とともに聞きました。
(上)ぼる塾・酒寄 激辛カレーで覚醒「怒りは継続させない」
(下)「ぼる塾に私は不要?」育休中に自分で自分を苦しめた ←今回はココ
活躍する3人を見て「ぼる塾を辞めたい」
NSC(吉本総合芸能学院)の後輩芸人だった、はるちゃんとあんりちゃんのコンビ「しんぼる」と、私と田辺さんのコンビ「猫塾」が合流して「ぼる塾」を結成したのは、2019年の12月。私が31歳のときです。私は、息子を出産して育児休業中。「3人のぼる塾」の活躍を、テレビの前で見ていました。
「ぼる塾の人気がすごい」と実感したのは結成してすぐのこと。あちこちのテレビ番組で見かけるようになっていました。
ぼる塾を結成する前のまだ売れていない頃、お笑いライブの仕事が終わると、電車代を浮かすために田辺さんとよく歩いて帰りました。そのとき「◯◯のテレビ番組に出たいよね」とか「お昼の情報番組△△に出られたら最高だよね。絶対にいつか出ようね」などと、「かなえたい目標」の話をすることが多かったんです。
田辺さんとは、育休に入る前から毎日連絡を取り合う仲。憧れだった番組にぼる塾の出演が決まったとき、もちろん田辺さんは連絡をくれました。そのときは純粋に「すごい!おめでとう!」と心から思ったし、田辺さんの「どんなふうに出たらいいかな?」という相談に乗り、私は出演できなくても自分ごとのように放送日が来るのをワクワクしていました。けれど、いざテレビの前で3人の姿を見たら、「どれだけアドバイスしたって、私は田辺さんの隣に座ってないじゃん」と思ってしまって。
目標としていた番組に、次々と「3人のぼる塾」が出演していく。それを見て「自分はもう、ぼる塾に要らないんじゃないか」と思ったんです。それを自分で認めてしまうのは、何よりもつらかったですね。「猫塾」は売れない時代が長かったから、「私が、田辺さんの時間を何年も無駄にしてしまったのかな」とひどく落ち込みました。それで、田辺さんに「ぼる塾を辞めたい」と伝えたんです。