宝塚歌劇団時代は「情報量の多いおじさん」としてタカラヅカの新ジャンルを築き、退団後は2週間で会社員に。そして、今は起業し、脚本家・演出家・舞台人のエンターテイナーとして活躍する天真みちるの「失敗してもくじけない」雑草魂を短期連載でお届けします。

(1)おじさん芸で新境地!宝塚退団後は会社員に
(2)宝塚で挫折後に起死回生!磨いたおじさん芸 ←今回はココ
(3)今の夢は宝塚歌劇の脚本を書くこと

タカラヅカでは自己プロデュースが必要不可欠

 宝塚歌劇団には、花・月・雪・星・宙の5組とベテラン集団の専科の総勢約400人が所属している。芸能人のように事務所が売り出し方を考えたり、マネージャーが付いたり、プロのメイクやスタイリストが付いたりすることはない。舞台衣装を除き、トップスターを含め、化粧もスタイリングはすべて自前。タカラジェンヌは誰もが「自己プロデュース」することが必須不可欠な世界なのだ。

 「劇団での生活は、教えてもらうのを待っているだけではなく、自分で動き出すことが必要」と天真さん。「各組のメンバー75人前後に対し、プロデューサーはたった1人しかいませんから。面談も下級生の間は2年ごと、上級生になってからは毎年1回だけ。だから、誰もが自分の頭で売り出し方を考えないといけないんです」

男役だった天真さんは“宝塚の佐藤二朗”の異名を持っていた。この姿からは想像できないが「角刈りにねじり鉢巻きの車引き」など、おじさん芸で濃すぎる存在感を放った
男役だった天真さんは“宝塚の佐藤二朗”の異名を持っていた。この姿からは想像できないが「角刈りにねじり鉢巻きの車引き」など、おじさん芸で濃すぎる存在感を放った

 未来のトップスター候補として早い段階から芝居やショーで抜てきされ、スター路線として育成される一部の人を除けば、大半の下級生は劇団内での認知度は低い。入団3年目以降は小劇場公演のメンバーには選ばれるようになったが、劇団内ではほぼ無名の存在。選抜落ちしたときに「何もせずに、誰かが私を見てくれるなんてことはない」ということを痛感したことから「埋もれないためにもまずは『天真みちる』を知ってもらわないと」と思ったという。そこで劇団内では成績で名前を覚えてもらおうと考えた。