7月に入り、愛美と会おうと約束した日が訪れた。麻衣は電車で愛美の家に向かった――。
【これまでのお話】
プロローグ 新連載・小説「ミドルノート」同期の男女の生き方描く
第1話 新居に同期が集まった夜
第2話 同期会解散後、夫の口から出た思わぬ一言
第3話 妻を無視する夫 「ほんと鈍感だろ、こいつ」
第4話 「妊婦が人を招くなんてドン引き」夫の言葉に妻は
第5話 言っちゃ悪いが無味乾燥で、寒々しい新居だった
第6話 充満するたばこの煙が、昔の記憶を呼び覚ました
第7話 正直言って、事故みたいに始まった恋愛だった
第8話 わたしは誰よりも愛美に認めてもらいたかったんだ
第9話 その後ろ姿を見ていたら、急に切なくなった
第10話 がんは知らないうちに母の体の中で育っていた
第11話 なにが「同期初の女性部長」だよ!
第12話 「女性ということで」とは一体どういう意味か
第13話 わたしはわたしで、仕事をし、家族を守る
第14話 仕事が長続きしないのは、いつも人間関係にあった
第15話 自分がちっぽけで価値のない存在のような気がした
第16話 不思議と、西には自分のことを話したいと思った
第17話 気づくと、実家に彩子の居場所はなくなっていた
第18話 育休明け直前、世界は混沌とした状態に陥った
第19話 夫は子の意味不明な行動が我慢できないようだった
第20話 かつては泣きわめく子がいると、運が悪いと感じていた
第21話 笑えなかったのは、夫婦関係がうまくいっていないから
第22話 黙ると夫の機嫌が直る、そのパターンに慣れていた
第23話 離婚という選択肢が、くっきりと目の前に現れた
第24話 香水を付けるようになったのは、アルバイトを始めてから
第25話 あの時、若い女は得していると思っていたのが歯がゆい
第26話 その時初めて、正社員との間にある溝がくっきりと見えた
第27話 ママになり変わってしまった菜々の姿が少し怖かった
第28話 求婚というより、許可を出された感じがした
第29話 憧れてたインフルエンサーという立場に、ようやくなれた
第30話 好きなこと、自己実現… 自分の求める生き方に気づいた
第31話 やっと愛美に認めてもらえた気がして、うれしかった
第32話 それはママ友に頼めないことなのだろうか
第33話 学校に行きたくないと言われたら、全部わたしのせいだ
第34話 上司の大原でなく、立役者の私が室長になるべきと思った
第35話 失えない夢があるとしたら子どもを持つことかもしれない←今回はココ
江原愛美…麻衣の食品メーカー時代の同期。同期の中では早く昇進し、産休・育休を経験したワーキングマザー
三芳菜々…麻衣の食品メーカー時代の同期。同期の拓也と結婚。1児の母
三芳樹(いつき)…菜々と拓也の間に生まれた3歳の息子
岡崎彩子…派遣社員として食品メーカーに勤めていたが、菜々の産休中に転職した。麻衣の同期の西と婚約
小学生の子のいる生活など、想像もつかない
お情け程度の梅雨があっという間に明けると、この世界はどうなってしまうのだろうと思うくらいの異様な暑さが続いた。と思うと、まだ7月だというのに大きな台風が来て、大きな雨粒がじゃんじゃんと街をぬらした。
今朝のテレビで、新型コロナウイルスの感染者数が再びじわじわと増えてきていると報じられていた。だけど街はもう、元のようには戻らないだろうと麻衣は思う。新しい感染症のえたいの知れない怖さにも、人はずいぶん慣れてしまった。
この間、大学時代の友人たちと久しぶりに集まった。マスク会食と言われて集まったメンバーと、マスクを外して1口、2口と食べるうち、誰かがぽつぽつしゃべりだし、誰かが応じ、そのうちおしゃべりが弾み、誰もマスクを気にしなくなっていた。
そういえば、同い年の友人の中に、子どもの小学校受験を終えた子がいた。独身の麻衣は、小学生の子のいる生活など、想像もつかない。
――あのくらいの子か……。
電車に乗りながら、向かいの席に座っている男の子とお母さんの2人連れを眺める。7月も後半に入り、夏休みに入っているのだろうか。学校時代の暦を、ぼんやり思い出す。
「川だ!」
と、男の子がお母さんに教えている。
電車が大きな川を渡り始めていた。麻衣は次第に緑の割合が大きくなる車窓に目をやった。

都心の自宅とその周辺から離れることのない生活をしている麻衣にとって、旅行でもない限りこんなに長く電車に乗ることはない。郊外の町に赴くこともない。近所の有名店で買ったマフィンを手に、今日は愛美の家を目指していた。
駅に着くと、改札に既に菜々と愛美がいた。遅れたことを謝りながら、合流する。